第三十弐話:秦国の科挙試験 後編の4(本番)
【第三試験:模擬戦場】
第三試験の模擬戦場は、丘陵や林、川、岩場が広範囲に指定され、100人規模の部隊戦を想定した環境が用意される。
試験官たちは遠巻きに戦場を監視。精兵たちは受験者の指示に従い、統率力や戦術、指揮をどう感じたか模擬戦終了後に試験官に報告する手筈となっている。
【各試合の状況】
第一試合:英布 vs 周勃
戦場選択:丘陵地帯。中央に小高い丘があり、両側に林と浅い岩場が点在。英布と周勃はそれぞれ精兵100人を率いる。
英布は、第一試験の武術でほぼ満点の成績であり、個人武勇においては『及ぶ者無し』と評価された武人である。
英布自身もその点については自信満々であり、余裕すら漂う雰囲気を見せていた。
英布は槍を手に、丘の上に陣を構え、弓兵40人を林に潜ませ、歩兵60人を丘の斜面に配置。迅速な突撃と弓兵の奇襲で周勃を圧倒する戦術を選んだ。
周勃は、堅実な剣術で知られる楚の武人。第二試験では革新性に欠けたが、安定感ある防衛戦術が評価された。
彼は岩場に陣取り歩兵70人を固め、弓兵30人を後方に配置し、英布の突撃を待ち受ける持久戦を展開する事を選んだ。
戦闘開始の号令とともに、英布の士気の上がる号令が飛び、歩兵の士気が上がる。
英布の歩兵が丘から一気に突撃。周勃の弓兵が矢を放つが、英布は自ら先頭に立ち槍を振るい、矢を弾きながら突進。
この人間離れした英布の突進力と、それを可能にする身体能力は、受験者の中でも頭抜けて凄いものがあった。
しかし、英布率いる歩兵の突撃は、岩場の周勃の防御陣形を崩せず膠着する。
流石の英布も正面から突撃するだけでは防御に割り振った周勃の岩場の陣形を抜けない……。
状況が膠着し、周勃が弓兵に号令し、英布の周辺の兵から削りに行けば、英布は不利な状況になるかと思われたが……。
しかしそこで、英布は林に潜ませた弓兵で周勃の後方を奇襲する合図を送る。
次の瞬間、周勃の弓兵25人が無力化され、歩兵も混乱。英布はその場から再突撃を指示し、周勃の部隊を包囲。最終的に、英布は周勃の兵42人を捕縛し戦闘不能に。
最後に残った、周勃と残り僅かな兵も、英布率いる兵に取り囲まれる。
英布は周勃にはっきりと聞こえるように声をかける。
「周勃よ! まだやるか?」
「いいえ、今回は私の完敗です。負けを認めます」
周勃は潔く敗北を認め決着。
第一試合は、英布の勝利となり、格の違いを見せつける結果となった。
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試験官の評価
英布:100人規模の部隊を統率し、弓兵の奇襲と突撃の連携が効果的。戦況を的確に読み、部下の士気も高く維持する将才ありと評価される。
周勃:堅実な防衛は評価されたが、奇襲への対応が遅れ、戦況把握に欠けた。敗北も冷静に部下を退かせ、無駄な抵抗はしない事で、被害を最小限に抑えた点は評価された。
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第二試合:季布 vs 曹参
戦場選択:川沿いの林。川の浅瀬と密林が戦場を分断。季布と曹参はそれぞれ精兵100人を率いる。
季布は、第二試験で冷静な知略を示し、「義侠の知将」と称された男。剣を手に、林に歩兵50人を分散配置し、弓兵50人を川岸に隠す。
敵の動きを誘い、待ち伏せで壊滅させる戦術を選んだ。
曹参は、無難な戦い方を選んだ。林に歩兵70人を固め、弓兵30人を後方に配置し、慎重な前進で季布の動きを探る。
戦闘開始後、曹参の歩兵が林を進むが、季布の弓兵が川岸から一斉射撃。曹参の歩兵30人が混乱し、林に潜む季布の歩兵が側面から襲撃。
曹参は弓兵を前進させて反撃を試みるが、季布自らが剣を振るい、歩兵を率いて曹参の弓兵25人を無力化。
その勢いに乗じて川の浅瀬で曹参の部隊を包囲し、曹参は精兵55人を失い。季布の勝利となり決着。
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試験官の評価:
季布の相手の動きを先読みした待ち伏せ。それによる側面攻撃の連携が秀逸。曹参の動きを完全に読み切り、100人の部下に明確な指示を出し、必要があれば自分が前にでて決着をつける実力の高さに、
「智勇兼備の将の器」と絶賛された。
曹参:慎重な前進は悪くなかったが、待ち伏せへの対応が遅れ、相手に動きを読みきられ、不利に追い込まれ兵の統率に乱れが生じ、一方的にやられたので惨敗に見える結果となった。相手が悪かったのかもしれない……。
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第三試合:龍且 vs 王陵
戦場選択:岩場と丘陵の混在地形。岩場が防御に適し、丘陵が突撃に有利。龍且と王陵はそれぞれ精兵100人を率いる。
龍且は、第一試験で「人間の限界を超えた速度」を持つ豪傑と評価された。その龍且は剣を手に、丘陵に歩兵70人を展開し、弓兵30人を岩場に配置。圧倒的な突撃で王陵を粉砕する戦術を選んだ。
王陵は、第一試験で強すぎる精兵に敗れたが、第二試験の堅実な戦術が評価されている。下馬評は圧倒的に、龍且有利であった。岩場に歩兵70人を固め、弓兵30人を丘陵に配置し、龍且の突撃を防ぐ持久戦を展開。
第一試合と同じような結果になると予想されたが……。
そうはならなかった。
戦闘開始後、龍且の歩兵が丘陵から猛烈な突撃。王陵の弓兵が矢を放つが、龍且自らが剣で矢を弾き、歩兵を鼓舞。岩場の防御を突破しようとするが、王陵の歩兵が岩場をうまく活用し頑強に抵抗。
龍且個人の力により、王陵側は少し兵を損耗するが、
戦況は一進一退となる。
龍且の弓兵が丘陵から王陵の弓兵を射撃するが、。王陵は冷静に堅実に対応、龍且はその場から再突撃のタイミングをうまくとれず戦況は膠着する。
王陵はとにかく打ってでず、損耗を減らす持久戦の構え。消極的に見えるが、龍且と正面からやり合えば結果は火を見るより明らかであり、現状の王陵のとれる策としては最善と言えた。
両方決めてにかける展開となり、時間が経過し、両陣営の損耗具合を試験官は判定し、龍且の勝利とはなった。
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試験官の評価:
龍且:豪快な突撃力は魅力的。模擬戦に勝利はしたが、
個人武勇に優れるが、将としては兵がその動きについてこれていない。率いるという点では疑問が残る結果に……そういう懸念を抱える将かもしれないと印象がついた。
王陵:岩場での防御陣形は堅実で、龍且の突撃をなんとか凌ぎ、組織の力で膠着状態に持っていった。結果は敗北も最後まで統率を維持し、堅実で懸命な指揮は高く評価された。
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第四試合:彭越 vs 田横
戦場選択:林と川の複合地形。密林と川の浅瀬が戦術を複雑化。彭越と田横はそれぞれ精兵100人を率いる。
彭越は、第二試験でゲリラ戦の才を示した「機動戦の鬼才」、剣を手に、林に歩兵50人を潜ませ、弓兵50人を川岸に配置。敵の動きを混乱させ、奇襲で壊滅させる戦術を選んだ。
田横は、文官試験との掛け持ちの、いわくつきな印象がずっと残るが、実力は確か。弓術の名手であり、実力は上位である。まともにやり合えば田横有利かと思われた。
田横は弓を手に、川岸に弓兵50人を配置し、歩兵50人を林に展開。弓兵の射撃で敵を牽制し、歩兵で決着をつける戦術を選んだ。
戦闘開始後、田横の弓兵が川岸から射撃を開始。彭越の弓兵が応戦し、射撃戦が膠着。彭越は歩兵を林に潜ませ、田横の歩兵を誘い込む。
田横の歩兵が林に突入すると、完璧なタイミングで彭越の歩兵が奇襲。田横は弓兵を前進させて反撃を試みるが、彭越の弓兵が川岸から田横の弓兵40人を無力化。林での戦闘で田横の歩兵が壊滅し、田横は更に兵50人を失い、あっさりと降伏。
田黄は言う。
「抜かったわ!」と。
その表情は苦渋に満ちていた。
彭越としてはわりと余裕の采配であったが、勝者が敗者に言葉をかけるは、武人として配慮にかけると思い、口をつぐみ、静かに勝利を受け止める姿は、堂にいったものに感じ、見受けられた。
「相手が悪かったな……」
そう聞こえてきそうな模擬戦結果となった。
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試験官の評価:
彭越:ゲリラ戦の奇襲と弓兵の連携が秀逸。戦況を読み、100人の部下に的確な指示。田黄戦において圧倒的な勝利に「機動戦の鬼才」の名が確立される。
田横:弓兵の射撃には定評はあるが、林での奇襲にまったく対応できず。唯一評価できるのは降伏の判断は早かったと言えるとこであろうか……。
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第五試合:灌嬰 vs 樊噲
戦場選択:丘陵地形
丘陵の起伏が突撃に有利な地形。灌嬰と樊噲はそれぞれ精兵100人を率いる。
灌嬰は、槍を手に、丘陵の斜面に歩兵50人を配置し、弓兵50人を丘陵の頂上に潜ませ、突撃で敵を誘う戦術を選んだ。
樊噲は、第一試験の豪快な武勇が「豪の者」と称された巨漢。剣を手に、丘陵のふもとに歩兵70人を固め、弓兵30人を丘陵の中腹に配置。灌嬰の突撃を防ぎ、正面突破で決着をつける戦術を選んだ。
戦闘開始
灌嬰の歩兵が丘陵の斜面から突撃を開始。樊噲の弓兵が中腹から射撃で応戦し、灌嬰の歩兵は一時後退。樊噲は歩兵を丘陵の斜面に進めるが、灌嬰の弓兵が丘陵の頂上から奇襲射撃。
樊噲の歩兵40人が混乱し、灌嬰の歩兵が斜面を駆け下りて再突撃。樊噲は自ら剣を振るい、灌嬰の歩兵を押し返す事に成功するが……。
灌嬰の追撃による、弓兵の頂上からの集中射撃で樊噲の部隊は壊滅。
樊噲は兵をその場で70人を失い、決着となる。
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試験官の評価
灌嬰:突撃と見せかけて、敵軍を誘き出し、丘陵頂上からの弓兵の奇襲が効果的。地形を活かし、100人の兵を率いて、素晴らしい指揮を見せた。
樊噲:豪快な指揮で兵の士気を高めたが、丘陵の奇襲への対応が遅れた。個人としての強さは充分に評価に値するため伸び代はある。課題は戦場を俯瞰する能力であろう。優秀な指揮官の下に付けば良い下士官となる可能性はある(韓信談)
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第三試験の5試合が全てが終了し、模擬戦場は受験者たちと精兵の汗と血が染み込み、日は落ち始めた。
こうして、第三試験は終了した。
後は、
試験官たちが精兵の報告と戦況の記録を基に評価をまとめ、韓信が最終判定を下すだけである。
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【第三試験の結果と評価】
第四試験進出者(勝利者)
英布(総合1位):武勇と統率力のバランスが抜群。100人規模の弓兵奇襲と突撃の連携は、猛将の風格を示した。「秦の新たなる将軍候補」として高評価。
季布(総合2位):知略を活かした待ち伏せと側面攻撃が秀逸。100人の部下への明確な指示と冷静な戦況把握で隙がない。
彭越(総合3位):ゲリラ戦の奇襲と弓兵の連携が効果的。「機動戦の鬼才」として評価はうなぎ登り。
灌嬰(総合4位):偽装突撃と弓兵の奇襲で戦況を操る。駆け引きに優れた武将として一目おかれる。
龍且(総合5位):豪快な突撃力は評価されるが、相手との相性次第では、与し易い印象が生まれた。個人の能力事態は高いので期待感はある。
敗退者(任官確定だが第四試験進出ならず)
王陵(総合6位):岩場の防御で龍且を凌いだ事が評価される。誠実で堅実な指揮は守将として適する。
周勃(総合7位):堅実な防衛は評価されたが、英布の奇襲に対応できず。副官や守備隊長として適任と評価される。
曹参(総合8位):慎重な指揮は悪くなかったが、季布の待ち伏せに敗れる。縁の下の力持ちとして活用可能。
樊噲(総合9位):豪快な指揮は士気を高めたが、灌嬰の奇襲に敗れる。前線の突撃隊長として重宝。
田横(総合10位):弓兵の射撃は効果的だったが、彭越の奇襲に対応できず。弓兵隊の指揮官として有用。
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特記事項:
第二試験中に負傷者は多数でたが死亡者は出ず、韓信も試験官達もその点にまたも安堵した。
精兵の報告によると、受験者の統率力事態は全体的に高く、第二試験の低レベル答案とは対照的に、100人規模の戦場での実践は誰しもが充分と報告は上がってきた。
精兵100人という公平な人数設定により、受験者の戦術と統率力の差が明確に現れ、選抜の精度としてはある程度信頼がおけるが、1000人規模の指揮にすべきかと意見もでた。(100人だと個人の武勇で覆す事が可能なため)
韓信は、試験結果を確認しながら内心で呟いた。
(受験者の部隊を統率し、指揮する能力は予想以上だ。英布、季布、彭越、灌嬰……この者達は秦の軍を未来に導ける才気を感じる。また、他の者も磨けば光る逸材にも感じる。)
韓信はそう思い、陛下に良い報告が出来そうだと、気分良く試験場を後にした。
後に、この科挙武官三次試験は、将軍を目指す若手の登竜門として、今後、中華全土がもっとも注目する試験の一つとなる。
秦で立身出世街道を歩むなら、
『文官試験で三位までに入るか、武官試験で三次試験を突破するかすれば良い』
これが後の中華の常識と成る程に、科挙試験は民に根付いて行く事になる。
この科挙制度は秦の始皇帝の功績として歴史に刻まれたが、しかし、これは始皇帝の偉大なるその歩みの一部に過ぎない歴史の1ページである。
秦の始皇帝の偉大さは、その先にあると、この時、それを知り得た者はまだいなかったとされている。
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次回は 第一試験で出てきた、
強過ぎる精兵の正体の閑話になります。
ーーーー後書きーー
第四試験は試験というより、内容が毛色がななり違うので、割愛しようか、うまく改稿しようか迷います……。
必要かなこれ? と、今になって思う事態に作者も頭を悩ませます……。
だけど、ようやく、科挙試験編の終わりが見えてきてホッとしてきました。
まずは精査してます!
そして引き続き頑張ります。




