第四話:法家の深奥と民への慈愛
咸陽の宮殿に秋の風が吹き抜ける頃、佐藤誠(嬴政)は秦の始皇帝として自らの役割に慣れつつあった。
趙高と宦官の排除を終え、蒙恬と李信との絆を深めた彼は、次なる一歩を踏み出す決意を固めていた。
しかし、秦の統治を本格的に変えるには、この国の根幹である法家思想を深く理解する必要があると感じていた。
ある朝、誠は玉座に座り、李斯を呼び寄せた。
広間の窓から差し込む陽光が石畳を照らし、静寂が支配する中、李斯が姿を現した。
瘦せぎすで背の高い彼は、青白い顔に鋭い鷲のような目を宿し、長い顎髭が知性と威厳を漂わせていた。
黒い袍が風に揺れ、彼は恭しく跪いた。
「陛下、ご命令を」
誠は真剣な眼差しで李斯を見据えた。
「李斯、朕は秦の法家思想を深く学びたい。この国がどう動いてるのか、もっと知る必要がある。詳しく教えてくれ」
誠は法家思想の深奥を学ぶ。
李斯は一瞬目を輝かせ、立ち上がって説明を始めた。
「陛下、法家思想は秦の礎であり、国を統べるための厳格な秩序を重んじる思想でございます。その根底には、三つの柱がございます」
第一の柱:法(法律の絶対性)
「法は全てを律する基盤です。陛下の定めた法が貴族も民も等しく縛り、例外を許しません。例えば、盗みを働いた者は身分に関係なく手を切り落とす。これにより、誰もが法を恐れ、秩序が保たれます。秦が諸侯を滅ぼし統一できたのは、この法の力があってこそです」
誠は頷きつつ、内心で考えた。
(確かに、法の平等性は強い。でも、厳しすぎると民が反発するよな。史実でもそれが反乱に繋がった)
第二の柱:術(統治の技術)
「術とは、君主が臣下を操る技術です。陛下が全てを見通し、賞罰を明確にすることで、臣下が私心を捨て忠誠を尽くします。趙高のような奸臣が生まれたのは、術が不足していたからとも言えます。私が丞相として陛下を補佐するのも、この術の一環です」
誠は目を細めた。
(術か……。臣下をコントロールするって、現代のマネジメントに近いな。俺も李斯や蒙恬をうまく使わないと)
第三の柱:勢(権威の力)
「勢とは、君主の絶対的な権威です。陛下が絶対として上に立ち、民と臣下がその威光に服従することで、国が一つになります。法と術を支えるのが勢であり、陛下の存在そのものが秦の力です」
誠は深く息をついた。
(勢って要するにカリスマか。始皇帝のイメージそのものだな。でも、民を恐れさせるだけじゃダメだ。慕われ支持されなければ民はついてこないし、意味がない)
李斯はさらに補足した。
「法家思想は厳罰主義を特徴とし、罪には重い罰を課すことで抑止力を保ちます。例えば、反乱を企てた者は一族皆殺し、怠惰な者は強制労働。これが秦の強さの源ですが、民の不満もまた溜まりやすいのです」
誠は静かに頷き、心の中で決意を固めた。
(法家思想は確かに合理的だ。でも、俺は現代の感覚を持ってる。罰を重くするだけじゃなく、民を労る統治を目指したい)
民を労る統治への転換。
説明を終えた李斯に、誠は力強く命じた。
「李斯、法家思想はよく分かった。法の厳しさは国の秩序を守る。しかし、朕は罰を重くするだけじゃなく、民を労る国を作りたい。臣下にそれを徹底させろ」
李斯が驚いたように目を丸くした。
「陛下、それは法家の教えに反します。民を甘やかせば、秩序が乱れる恐れが……」
誠は手を挙げて李斯を制した。
「朕は民に慕われたいんだ。厳罰だけで恐れさせる皇帝ではなく、朕は民に愛される皇帝になる。法は守らせるが、罰は必要最小限に抑え、民の暮らしを豊かにする。それが朕の意志だ」
そこへ、蒙恬と李信が口添えしてくれた。
蒙恬が太い声で言った。
「陛下、民を労るってのは良い考えです。俺が北で見た民は、税と労働で疲れ果ててました。罰より食い扶持が欲しいって顔してましたよ」
李信が穏やかに補足した。
「私も賛成です。厳罰に怯えて暮らすより、仁政を施せし、暮しが安定すれば民は陛下に増々感謝するでしょう。それに民に慕われれば、反乱に従う者も減ります」
誠は二人に微笑み、安堵した。
「朕は法家思想を基盤にしつつ、罰を軽くし、暮らしを支える政策を進める。李斯、それを実行に移せ」
李斯は一瞬躊躇したが、誠の瞳の力に押され、
「陛下の命に従います」
と答えた。
そして誠は更に改革をすすめる。
現代知識による上下水道の導入である。
「李斯、もう一つ命じる。朕は国中に上下水道を整備する。民が清潔な水を飲み、汚物を流せる仕組みだ。これで病気を減らし、暮らしを良くする」
李斯が困惑した顔で尋ねた。
「上下水道? それは何でございますか?」
誠は立ち上がり、簡単な図を竹簡に描きながら説明した。
「上水道は川や湖から水を引いてきて、町や村に配る管だ。石や竹で作れる。下水道は汚水を町の外に流す溝で、病気や悪臭を防ぐ。現代……。いや、朕の知恵で考えた仕組みだ。土木工事のついでにこれをやれば、民が喜ぶぞ」
蒙恬が目を輝かせた。
「陛下、そりゃすげぇ! 北の兵営でも水が汚くて病気が絶えねぇ。これがあれば兵も民も助かります」
李信が穏やかに笑った。
「私も驚きました。陛下の知恵は天からの贈り物ですね。村々に清潔な水が届けば、民は必ずや陛下を讃えますよ」
李斯も感嘆の声を上げた。
「陛下の知識に恐れ入ります。早速、土木官に設計を命じます。資金は税の再分配で賄いましょう」
民に慕われる皇帝へ。
誠の命令はすぐに実行に移され、まずは咸陽近郊の村で上下水道の工事が始まった。
中華全土へと広げるにはまだまだ時間はかかるが、主要都市から順次開発が進む事となった。
やがて多くの民に清潔な水が届けられるようになり、秦は増々発展するだろう。
更に罰を軽減する布告も出され、過酷な労働が減った民は市場で始皇帝の名を讃えた。
「始皇帝様は我々を苦しめない!」
「暮らしも楽になりそうだ!」
民は秦の始皇帝を褒め称え始めた。
「陛下、民が凄く喜んでおります、俺も嬉しいです」
「陛下の心が民に届いてます。私は陛下を誇りに思います!」
李信と蒙恬から報告を聞いて誠は心がとても温かくなった。
「蒙恬、李信、朕は法家思想を活かしつつ、民を労る国を作るぞ」
蒙恬も李信も頷き礼をとった。
「そして秦はこれから増々発展する」
誠はそれを実感し始めていた。
紀元前に下水処理って難しくない?
と、思った方への補足です。
下水管理は
地形の傾斜を利用した陶製・石製の水路を設け、沈殿池で固形物を分離後、湿地で微生物による自然浄化を行う。処理済みの下水は農業用水として再利用し、灌漑技術を応用して流量を制御。法令でゴミ投棄を禁止し、定期清掃を義務づける。これにより、衛生環境を改善し、資源を有効活用できる。都江堰の技術を参考に、シンプルかつ効果的なシステムを構築可能だったと考えてます。