第二十八話:韓信、劉邦の件で内省する
紀元前213年、夏。咸陽の南、競馬場の広場と訓練場は、秦国初の科挙試験の熱気で沸いていた。
文官試験が広場の木柵で区切られた会場で進行する一方、隣接する訓練場では武官試験の準備が進められ、朝霧が晴れる中、陽光が砂塵を照らしていた。
訓練場の周囲には、秦の龍を象った旗が風に翻り、馬の嘶きと金属の擦れる音が響き合う。
前日、訓練場での武官試験説明中、楚の劉邦が韓信に「股くぐり」と軽口を叩き、一瞬で首を刎ねられた事件は、両試験の会場に重い緊張感を残していた。
志願者たちは、韓信の冷徹な威厳と、軍の規律の厳しさを肌で感じ、試験への覚悟を新たにしていた。
【韓信の視点:劉邦斬首の回想】
私の名は韓信。
秦国の最高司令官である。
武官試験の開始を前に、訓練場の控え室で一人、昨日の出来事を振り返っている。
あの男、劉邦とかいう者は……なぜ、あの場であのような愚かな真似をしたのだ?
私の脳裏に、劉邦の姿が鮮明に浮かぶ。赤らんだ顔、酒瓶を握る緩んだ手、ふらつきながらもどこか確固とした足取り。
あの時の、劉邦の言動、行動、その態度は、私の尊厳を踏みにじる明確な敵意に満ちていた。少なくとも、私にはそう感じられた。
「股くぐりの小僧」「股夫ずれ」とは……。
あの言葉は、秦国の誰もが知る私の過去の逸話だ。
困窮し、ならず者の股をくぐるほど落ちぶれていた私を、始皇帝陛下が拾い上げ、異例の出世を遂げさせた。その股くぐりの現場で陛下に救われたことは、私にとって大切な思い出であり、陛下への感謝を思い起こす出来事でもある。
その思い出自体に嫌悪はない。だが、それを他人に揶揄されるのは許し難い。
ましてや、あの場でだ。
数百の志願者、衛兵、試験官、そして陛下の御前で。
私の胸に、昨日の憤怒が再び蘇る。
陰で私の過去を嘲笑されるのは、まだ許そう。
直接言わぬ配慮があれば、見ずとも済ませよう。
だが、秦国の最高司令官である私を公然と侮辱する者がいるとは、想定外だった。
私を公の場で貶めることは、秦国への侮りであり、始皇帝陛下への侮辱に他ならない。
私はそう考える。
私の過去を嘲ることは、陛下の眼力を疑い、私を重用した陛下の名誉を踏みにじる行為だ。ひいては、私の忠義、秦軍の威信を汚すものでもある。
それでも、私は劉邦に最後の機会を与えたつもりだった。
軍法に照らせば、すでに死罪は確実だった。
だが、劉邦は試験の志願者であり、国の民だ。これ以上の余計な発言を控えるなら、不合格と重い罰で済ませるつもりだった。
だが、そうはならなかった。
劉邦は四つの罪を犯した。
一、統率を乱す言動。試験の場で試験官を公然と侮辱し、秩序を乱した。
二、位を弁えぬ態度。地方の亭長如きが、秦の最高司令官を嘲笑した。
三、礼を乱す行為。陛下の御前で、私に対する不敬な言動。
四、指示に従わぬ姿勢。「名と官職を名乗れ」との命令を超え、余計な言葉を吐いた。
三つの罪迄ならまだ温情を与えようかと考えたが、そうはならなかった。
あの場で劉邦の存在を許せば、軍全体の威信に傷がつく。私は秦の最高司令官だ。
地方の小役人に大勢の前で貶められ、黙っているわけにはいかなかった。
劉邦を斬首する以外に道はなかった。
それでも、心の奥に一抹の内省が芽生えている。あの瞬間、確かに私の胸には憤怒の炎が燃え盛っていた。
その感情は、常に冷静な判断と決断が求められる今の私にあってはならぬ不要なものだ。
私は冷静さを欠いていたのではないか?
劉邦の命を奪う必要は、本当にあったのか?
別の罰――たとえば試験からの追放や鞭打ちで済ませられたのではないか? いや、駄目だ。あの場で甘い処置を示せば、軍の規律は揺らぎ、今後の指揮にも影響する。
どう考えても、私は劉邦を斬首するしかなかった。
目を閉じ、深く息を吐く。
後悔はない。
あの決断は、秦の軍の威信を守り、陛下への忠義を貫くための必然だった。
だが、心の奥に微かな自戒が残る。完全に私心なく劉邦を斬ったとは言えない。その点は反省すべきだ。
感情を抑え、完璧な統率を示す。それが最高司令官たる私の使命である。
そう決意を新たにし、私は天幕の外へ踏み出し、武官試験会場の壇上に立つ。
砂塵が日の光に舞い、志願者たちの視線が私に集まる。
私の鋭い目は、昨日よりも一層の威厳を放ち、試験の開始を告げる声は冷たくも力強く響いた。
こうして、私は劉邦の斬首に折り合いをつけ、科挙武官試験を開始した。
劉邦……。
科挙武官試験そのまま書いても良かったような気もするんですが、どうしても韓信の内面を先に書きたくなってしまいました。
韓信の『閑話 背水の陣』の話も大幅改稿したので良かったら読んでやって下さい!




