第二十話:稀代の奇人変人秘策の人、陳平 前編
紀元前215年、秋。咸陽の宮殿。
秦の始皇帝――嬴政は佐藤誠として転生した彼――は、玉座に座り、韓信を前に穏やかだが力強い声で告げた。
「韓信、朕は旧魏の地に陳平という男を探しに行く。そなたも同行せよ。こいつは朕が知る中でも稀代の知恵者だ。旧六国の統治に必要な才を持っているかもしれん」
韓信は一瞬驚いた表情を見せたが、玉座前に進み出て丁寧に進言した。
(陛下のこの理由わからぬ、確信に満ちたこの物言いが私は実は結構好きだったりする……。)
「陛下、陳平という者にございますか? 臣には聞き慣れぬ名にございます。陛下自ら旅にお出ましになりたい程の御方とは存じますが、臣は軍務に追われており、匈奴の動向も気にかかります。どうか陛下は咸陽にてお待ちいただき、他の者に探す役目を仰せつかれば十分かと存じます」
誠は笑みを浮かべ、韓信の肩を軽く叩いた。
「韓信、お前が忙しいのは分かってる。だが、朕が直々に会わねばならん男だ。噂で聞いたこいつの才が本物なら、秦にとって大きな力になる。お前もその目で確かめてくれ。強引で悪いが、これは命令だ」
韓信は穏やかに頭を下げたが、心の中で呟いた。
(陛下、また妙なご勘気にございますな。陳平殿? 存じ上げぬな……。旧魏の地の田舎者に何の用がございましょうか? まあ、しかし、陛下たっての希望。私に断る選択肢等ないのは実は最初から分かっていたでござる)
誠は韓信の表情を見て内心苦笑しつつ、旅の準備を命じた。
数日後、二人は簡素な馬車に乗り、護衛の兵数百を連れて咸陽を出発した。
目指すは旧魏の地、陽武――現在の河南省にあたる地域である。
旧魏への旅路と魏の現状。
馬車が咸陽の城門を抜けると、秋の風が誠の頬を撫でた。道端には黄金色の稲穂が揺れ、灌漑渠が整備された田畑が広がっている。
秦の中心地らしい豊かさが目に入り、誠は羊皮紙に旅のメモを書き始めた。
しかし、咸陽から離れるにつれ、風景は徐々に変わっていった。
旧魏の境界に近づくと、灌漑渠は粗末になり、道路は泥と砂利で凸凹に。
馬車が揺れるたび、韓信が静かに眉を寄せた。誠は窓から外を眺め、韓信に尋ねた。
「韓信、旧魏の原状をお前は把握してるか? お前は旧魏についてどう捉えている? 聞かせてくれ」
韓信は馬車の外に目をやり、落ち着いた口調で答え
た。
「陛下、魏は農業が豊かで、穀物が秦を支えております。灌漑や道路は旧秦ほど整ってはおりませぬが、民は飢えることなく暮らしてございます。ただ、咸陽への物資還流が多く、市場では『我々の汗が秦を肥やすだけだ』との不満が聞こえてまいります。豪族がその声を煽り、密かに集会を開く動きも見られると報告がございます」
韓信として言いたい事は。
魏は農業が豊かで、穀物(米や麦など)を大量に生産している。これは秦全体の食糧供給を支える重要な地域。
秦の郡県制の下で、旧魏で生産された穀物は税や貢物として中央(咸陽)に送られる。道路や運河が整備されているため、効率的に咸陽に物資が集まるが。
明らかな再分配の不足が起こっている。
その秦に送った穀物や富が魏の民に十分に還元されず、咸陽や秦の中心地域の発展に使われている。
つまり、魏で作られた物資が魏にきちんと戻ってきていない。
そういう不平等が起こっていると韓信は述べていた。
誠は頷き、竹簡に書き加えた。
「なるほどな。平たく言えば地域格差だな。秦の民が旧魏の民から不当に安く農作物を買い叩いてるように感じるのだから、魏の民はそれを搾取されてると感じてるなら、反秦感情が燻るのも当然だ。陳平がこの状況をどう見るか楽しみだよ」
韓信は静かに首を振った。
「陛下、その陳平とやらにどれほどの知恵がございましょうか。魏の田舎者に何が出来るか、臣には疑わしく存じます」
誠は笑いながら韓信を見た。
「韓信、お前は軍略の天才だが、人を見ずにそういう判断をするようではいかんな。朕は陳平を相当な傑物だと予想している、きっと尋常じゃねえ頭のキレ具合を持っていると思うぞ!」
「陛下も陳平という方を見たことないのに、良くそこまで自信たっぷりいいますね」
「ふ、韓信。お前も言うようになったな」
「これは失礼しました陛下」
なんだかんだ韓信と打ち解けている誠であった。
旅は九日目に差し掛かり、陽武への道すがら小さな村に立ち寄った。
村の市場は狭く、木製の屋台に穀物や粗末な織物が並ぶ。咸陽の市場のような絹や青銅器は見当たらず、農民たちが汗と泥にまみれて働いている。
誠は馬車を降り、村の様子を観察した。
子供たちが裸足で走り回り、老婆が籠に穀物を詰めている。男たちは鍬を手に田畑へ向かい、女たちが井戸で水を汲む。暮らしは貧しくはないが、豊かさとは程遠い。
誠は一人の農夫に声をかけ、穏やかに尋ねた。
「お前ら、暮らしはどうだ? 秦の統治に何か不満はあるか?」
農夫は驚きつつも、素朴に答えた。
「暮らしは昔よりマシになりやした。租税が減って腹は満たせるんでさ。ただ、穀物はみんな咸陽に持ってかれちまって、手元に残るのは少ないんでさ。豪族が『秦に搾取されてる』って言うのも、分からなくねえんでさ」
誠は農夫に礼を言い、韓信に目を向けた。
「韓信、聞いたか? 報告書通りだ。魏の民は暮らしが良くなっても、咸陽との差を感じてる。陳平の知恵がここで活きるか楽しみだな」
韓信は村を見渡し、静かに呟いた。
「陛下、民の声は確かに不満を含んでございます。だが、この程度の不満は軍で抑えれば済むかと存じます。知恵者とやらに頼る必要があるのか、臣にはまだ分かりませぬ」
誠は笑い、馬車に戻った。
「お前らしいな、韓信。軍で抑えるのも一手だが、心を掴まなきゃ反乱は繰り返す。陳平がどんな策を出すか、見ててくれ」
韓信は秦の始皇帝である誠があんまり陳平、陳平言うもんだから徐々に陳平への期待度が上がり、自分も陳平という人間に会ってみたいと思うようになり、陳平への期待度が上がっていた。
数日後、馬車は陽武に到着した。誠は旅路で見た魏の風景と民の暮らしを胸に刻み、陳平との対話を心待ちにした。
陽武の街につき陳平探しが始まった。
陽武は魏の小さな街だった。市場は賑わいを見せるが、咸陽のような華やかさはない。
泥と藁の家が並び、農民や商人が行き交う中、誠と韓信は馬車から降りた。護衛の兵が周囲を固め、街の民がざわつき始めた。
誠は韓信に命じた。
「韓信、陳平の居場所を探してくれ。陽武出身で、貧しい家に生まれた男だ。頭が良く、弁舌に優れてるって特徴を伝えとけ」
韓信は兵に指示を出し、街に聞き込みを始めた。市場の商人や農民が「陳平? あのろくでなしのことか」と口々に噂を話し、兵たちは困惑しながら情報を集めた。
しばらくすると、一人の兵が戻ってきて報告した。
「陛下、韓信殿、陳平らしき男が見つかりました。街外れの陋屋に住んでるそうですが……。評判が妙でございます」
誠が目を輝かせて尋ねた。
「妙? どんな評判だ?」
兵は気まずそうに答えた。
「その……女癖が悪く、街の娘や人妻に手を出しては騒ぎを起こしてるそうでございます。
『助平なろくでなし』『態度の悪い色男』と悪評が絶えず、最近は嫂と怪しい仲だと噂され、親族からも見放されてるらしいです」
韓信が静かにため息をついた。
「陛下、これがその陳平にございますか? 女癖が悪く態度も悪いとは、妙な『知恵者』でございますな。こんな男が秦に役立つとは、臣には信じがたく存じます」
誠は逆に目を細めて笑った。
「いや、それが面白い。風聞が悪かろうが、実際に会ってみる迄はわからぬぞ。なんせ陳平は頭が切れるからな意味があってそういう風聞が流れるように操作してるやもしれんぞ! とりあえず、陳平に会いに行って見るぞ! 韓信よ。文句はそれから言うがよい」
誠のあまりのポジティブさにおされた韓信は大人しく従った。
(陛下のこの曇りなき気持ちの良さは一体なんなんだろうか……。)
韓信は穏やかに頷きつつ、誠を先導して街外れへ向かった。
道中、市場の女たちが「陳平の奴、また女連れ込んでるよ」と笑いものにし、男たちが「ろくでなしめ」と吐き捨てる声が聞こえた。
誠はそれを聞きながらも、陳平への期待を膨らませた。
そして、誠と韓信は陳平が住んでいるという街外れの陋屋に到着した。
そこには期待通り、陳平がいた。
韓信が「臣には」「臣は」と使うのは、秦の時代における臣下の慣習的な敬称であり、誠(始皇帝)への敬意と忠誠を示すためです。
心の声は私はでもよいけど。直接話す時は礼儀正しい感じで「臣はこう思います!」とかのが良さげと感じこうなりました。
まあ、新章になったし韓信は秦の始皇帝に本当に感謝してるので、こういう表現のが雰囲気でないかな?




