第十九話:旧六国地域の現状と統治の難しさ
紀元前215年。秦の始皇帝――嬴政は佐藤誠として転生した彼――は、咸陽の宮殿で旧六国地域の統治に頭を悩ませていた。
誠の改革により、民の暮らしは豊かになり、秦の統治は史実の暴政とは異なる安定と繁栄を築き上げていたが、中華全体の統治はという意味では困難を極めていた。
史実の知識を持つ転生者として、誠は秦に滅ぼされた旧六国地域の現状を詳細に把握し、王族の恨みを緩和しつつ中央集権を保つ策を模索していた。
誠による秦の統一後のおさらいと現状把握。
誠は宮殿の書庫で竹簡を広げ、秦の統一後の歴史と現在の状況を振り返った。史実の知識と各地からの報告を基に、頭の中で整理を始めた。
(秦が天下を統一した。聞こえは良いが、武力による統一は血に塗られた歴史だ。滅ぼされた旧六国の王族は徹底的に排除された。中央集権の郡県制で直接統治するには、地方の王や王族は無用の長物、百害あって一利もない存在だった。韓王安は咸陽送致後に処刑、魏王假は降伏後すぐに殺され、楚王負芻は一時残されたが処刑、燕王喜の王室は根絶やし、趙王遷は流刑で死に、斉王建は幽閉で餓死。王族だけでなく、貴族や大夫層も連座で処分され、血筋はほぼ断絶した。)
「秦は中華に血を流させ過ぎた……。これは俺が転生する前に起こった事だから変えられぬ歴史だ。滅ぼされた旧六国地域の豪族や民が秦を憎むのは必然だろう」
誠は「ふー」とため息を漏らし、竹簡に各国の最終君主とその処遇、現状を書き出した。
韓(旧韓地域)
史実の処遇: 韓王安、捕らえられて咸陽送致後、韓で内乱が起きて処刑。潁川郡に再編。
現状: 咸陽に近く、郡県制で中央官吏が統治。張良の故国として反秦感情が根深い。
誠の仁政(租税軽減、教育普及)が浸透しつつあるが、民の暮らしは旧秦地域ほど豊かでない。
旧貴族の子孫・申氏が「秦に仕えるしかない」と不満を募らせ、密かに武器を隠し、夜の集会で「韓の再興」を囁く動きが報告されている。
市場では咸陽からの物資が高値で、韓の民が「我々の暮らしは置き去りだ」と嘆く。
問題: 反秦感情と地域格差が燻り、申氏の動きが反乱の火種になりつつあると懸念されている。
魏(旧魏地域)
史実の処遇: 魏王假、降伏後処刑、東郡に再編。
現状: 中央に位置し、郡県制で統治。農業生産が秦を支え、民は誠の改革に順応しているが、咸陽や斉に比べ発展が遅れる。灌漑や道路整備が旧秦地域に集中し、豪族が「我々の穀物が咸陽を肥やすだけだ」と不満が出始めている。
魏の農民は「秦に搾取されている」と感じ、豪族が密かに民を扇動し始めている。
問題: 地域格差による不満が豪族を中心に広がりを見せ始めている。
楚(旧楚地域)
史実の処遇: 楚王負芻、降伏後廃され処刑。
現状: 郡県制で官吏が統治、項氏の反乱後、軍が駐屯し監視が厳重。
誠の政策で暮らしは改善しつつあるが、楚の文化や誇りが強く、旧貴族・屈氏が「秦は我々を縛るだけ」と反発。項氏監禁後、楚の民が「自由を奪われた」と嘆き、屈氏の屋敷で夜な夜な集会が開かれ、「楚の魂は死なず」との声が上がる。
市場では秦の官吏への不信感が広がっている。
現状1番反秦感情が強い地域。
燕(旧燕地域)
史実の処遇: 燕王喜、王室処刑、遼西郡などに再編。
現状: 郡県制で統治、匈奴対策で軍事重視。蒙恬が駐屯し、誠の政策が色々と導入されつつある。
民は順応しているが、軍事負担が大きく、匈奴の小規模な襲撃が頻発。燕の民は「秦の兵が我々を疲弊させる」とこぼし、豪族が「北の防衛は押し付けられている」と不満を募らせる。交易路の整備も燕に還元されず、咸陽に流れると見られている。
軍事負担と匈奴の緊張が統治を圧迫しているが軍の力でかなり抑えこんでいる。
趙(旧趙地域)
史実の処遇: 趙王遷、流刑で死亡、邯鄲郡に再編。
現状: 郡県制で軍事支配が強い。騎馬技術が活用され、誠の仁政で暮らしが改善。
長平の戦いの記憶が今だにあり、反秦感情を残す地域、秦の統治で治安は安定しつつある。しかし、戦のない治世で浪人が山賊化し、邯鄲近くの山で略奪が頻発。浪人たちは「秦の平和が我々の剣を奪った」と荒れ、村々が怯え、豪族が「趙の民を見捨てた」と秦を非難。
浪人の山賊化と潜在的反秦感情が治安を脅かす懸念あり。
斉(旧斉地域)
史実の処遇: 斉王建、幽閉で餓死、王家断絶。
現状: 郡県制で統治、経済力と文化が秦に還流し、商業が発展。教育普及が進み、旧貴族が協力するが、咸陽への税還流が多い。
商人たちが「我々の富が咸陽に吸い取られる」と不満を募らせ、市場で秦の官吏に抗議。豪族が「斉の栄光は失われた」と民を煽る動きも見られる。
咸陽との経済格差と「搾取感」が民の間に広がりつつある。
秦(旧秦地域)は統一の中心国だけにかなり安定して豊である。
現状: 咸陽を基盤に郡県制が最も機能し、誠の改革が浸透。軍事・経済の中心として繁栄し、民の支持も厚い。
道路や灌漑が整備され、市場は物資で溢れるが、他地域との格差が拡大。旧六国地域から「秦だけが豊かだ」との声が届く。
「秦優遇」の不満が旧六国地域で徐々に広がりを見せつつある。
誠は現状を書き終え、心の中で呟いた。
(王族を排除し、郡県制を敷いたおかげで俺の改革は実行され、民の暮らし事態は豊かになった。俺は仁政を施す為政者として多くの民に認められてはいるが、問題は山積だ。楚と韓の反秦感情、燕と趙の軍事負担、斉と魏の格差、浪人の山賊化――これらが燻れば、史実とは違う形で反乱は起きかねない)
誠は正直、頭が狂いそうなくらい悩んでいた。
圧倒的武力行使で、中華を統一した秦の軍隊も凄いし、IT化もない時代に中華全体の戸籍を一元管理する秦の内政官吏も優秀すぎる。
これで六国の恨みさえなければ、秦は安定した超大国にすぐにでもなれるポテンシャルがある。
史実で項羽と劉邦が秦を滅ぼし、劉邦が項羽を破って漢を築いた手腕が羨ましい。劉邦は人々の恨みを秦と項羽に押し付け、天下を取ったとも言える。神懸かりな立ち回りだとしか言いようがない。
誠は劉邦を羨ましく思ったが、そんな気持ちは無意味だと悟り、現実を受け止めた。
(現状、中華全体のヘイトを秦一国が受け止めている。このままでは史実の二の舞だ。旧6国の王族の恨みを緩和し、旧六国の豪族、賢人、武将、様々な人々を秦に馴染ませる策を考えねば秦の存続する未来はないやもしれぬ。)
しかし……。
秦の中華統一のために、統治方針のために旧六国の王侯貴族を散々ぶっ殺しておいて、恨み買い過ぎたから統治が不安定になりつつあるから、ご機嫌とるために旧六国の王侯貴族を再興したり、優遇しますという事をやるのも良いとは思えない誠だった。
(名誉職だけ与えて、旧六国の王侯貴族につらなる人間を咸陽に囲うという事をすればいくらか6国面子は保たれて恭順する層が期待出来ないこともないが……。)
「何か特効薬的な秘策があればなぁー……」
と、
秦の始皇帝となった誠は今日も頭を抱えて悩み続けるのであったが、その時に脳に電流走る!
「秘策、秘策で思い出した。この時代において、史実なら漢の名宰相となる。奇人変人の助平男、陳平を! もし、陳平が期待通りの人間ならこの状況をどうにか出来る! そんな気がする!」
そう思った誠は旧魏の地に陳平を探しに行くのであった!
迷いに迷いましたが、
天下巡遊編に舵を切る事にしました。この先、誠が旧六国 楚、韓、魏、斉、趙、燕を巡って人材を確保しながら、秦の統治を万事完成させる事ができるのか?
史実の秦の始皇帝の天下巡遊とは大きく違う話になるとは思いますが、気長にお付き合いしていただければ幸いでございます。




