第二話:血と涙の改革
泰山の封禅から一ヶ月、咸陽の宮殿に戻った佐藤誠(嬴政)は、秦の始皇帝として新たな一歩を踏み出していた。
趙高を斬った衝撃が宮廷内に嵐のように広がり、その余波が静まることはなかった。豪奢な宮殿の玉座に座る誠は、深い息をつきながら窓の外を眺めた。夕陽が庭園を赤く染め、遠くで衛兵の足音が響く。
しかし、彼の心は鉛のように重かった。
「俺は趙高を殺した……。確かに史実じゃ国を滅ぼす奸臣だったけど、あんな簡単に人を斬っていいのだろうか?」
転生した時のノリでやった感じは否めない誠であった……。
前世ではただの高校生だった誠にとって、人を殺すという行為は心を抉る刃だった。
しかし、誠はやってしまった事を振り返る暇は俺にはないのだと自分に強く言い聞かせた。
将来的な国づくりに超高や宦官はいらないと誠は決断したのだ。
後に戻る道はもうないのである。
趙高を殺してしまったけどあれは無し! ノーカウントでお願いしますとか口が裂けても言えるわけもないし叶う事はない。
そして、何時までも引きずるわけにいかない。
そう誠は決意する。
(俺にはまだまだやるべき事がある)
その夜、誠は李斯を呼び出し、秦の政治構造を詳しく説明するよう命じた。玉座の前に進み出た李斯は、瘦せぎすで背の高い男だった。
顔は青白く、鋭い鷲のような目が知性を宿し、長い顎髭が威厳を添えている。黒い袍に身を包み、恭しく跪いた彼は、低く響く声で話し始めた。
「陛下、秦の統治は法家思想に基づき、中央集権を軸としております。陛下が頂点に立ち、丞相である私が政務を統括し、地方は郡県制により直接管理されます。法が全てを律し、民も貴族もそれに従います」
誠は目を細めながら耳を傾けた。
(郡県制か……。史実でも秦が諸侯を廃して中央集権化したシステムだ。李斯が丞相ってことは、実質ナンバー2だな)
李斯はさらに続けた。
「軍事は蒙恬将軍や李信将軍が担い、民の統治には厳格な法が適用されます。税は土地と労働に基づき、均等に徴収しておりますが、民は重労働と重税に苦しみ、不満が燻っております。領主や諸侯が私兵を養い、民を虐げる例も多く、反乱の火種が潜んでいます。
そして……。宮廷内では宦官たちは権力を握り、陛下の命令を歪めておりました」
誠は眉をひそめた。
(宦官……。趙高みたいな奴らがまた暗躍してるんだろうな。史実でも宦官が国を腐らせた事例沢山あるしな。俺が趙高を殺したのは正しい判断だと信じたいな)
「李斯、宦官達への影響はどれくらいあった?」
李斯は一瞬目を伏せ、慎重に言葉を選んだ。
「趙高を筆頭に、宦官たちは宮廷内で密かに勢力を広げておりました。
彼らは陛下の耳目を塞ぎ、私利私欲のために動き、時には法を捻じ曲げておりました。
陛下が趙高を斬られたのは、宮廷の浄化に繋がります。ですが、他の宦官たちも同様の野心を抱いている可能性はあります……」
誠は息を呑んだ。
(趙高一人殺しただけじゃダメなのか……。宦官全体が腐ってるなら、全て排除しないと歴史は繰り返される)
だが、心が軋んだ。趙高を殺した罪悪感がまだ消えず、さらに多くの命を奪う決断に、誠は唇を噛んだ。
その夜、誠は一人で宮廷の回廊を歩いた。月明かりが石畳を青白く照らし、冷たい風が袍を揺らす。趙高の血に染まった顔が脳裏に浮かび、彼は立ち止まって空を見上げた。
「俺は秦の始皇帝だ。歴史を変えるって決めたんだから、甘い気持ちじゃダメだ。宦官が国を腐らせるなら、全部取り除くしかない……。でも、人を殺すたびに心が痛む。俺はこんな冷酷な人間じゃないはずなのに!」
拳を握り潰し、誠の目から一筋の涙がこぼれた。
が、
翌朝には誠は決意を固め、李斯、蒙恬、李信を召集した。
大広間に集まった三人の姿は、それぞれに際立っていた。
李斯は瘦身に鋭い眼光、知性の塊のような佇まい。蒙恬はがっしりとした巨躯に、短く刈った髭と武骨な顔が戦士の風格を漂わせ、革鎧が彼の肩を飾る。李信は若々しく凛々しい顔立ちで、穏やかな笑みが優しさを滲ませ、青い甲冑が彼の誠実さを引き立てていた。
誠は玉座から立ち上がり、声を震わせながらも力強く宣言した。
「朕は宦官制度を廃止する。趙高のような奸臣が再び現れるのを防ぐためだ。全員を宮廷から追放し、不穏な動きを見せる者は斬れ!」
李斯が驚愕の表情で進み出た。
「陛下、それは大胆すぎる改革です! 宦官たちは宮廷に深く根付いており、反発は必至。血が流れることになりますが……」
誠は目を閉じ、深呼吸した。
「蒙恬、李信、武装した衛兵で宦官を一掃しろ。抵抗する者は容赦しない。だが、無駄な血を流さないように留意してくれ!」
蒙恬が太い腕を組み、武骨な声で応じた。
「陛下の命なら、俺が片付けます。だが、無抵抗な者、その身の回りの人間はできるだけ傷つけねぇよう気をつけますよ。血は最小限に抑えます」
李信が穏やかに、しかし決然と頷いた。
「陛下の命に従い、慎重に進めます。私が衛兵を率いて、できるだけ混乱を防ぎますから、ご安心を!」
その日の午後、宮廷は戦場と化した。
蒙恬が大剣を手に衛兵を率い、宦官たちの居住区に突入。李信が後方から民衆を遠ざけ、混乱を抑えた。
「陛下を裏切るつもりはなかった!」と叫ぶ宦官が蒙恬に斬られ、血が噴き出す。「我々は忠臣だ!」と抵抗する者が李信に拘束され、引き立てられた。
誠は宮殿のバルコニーからその光景を見下ろし、震える手で欄干を握った。
「ごめんよ……。こんなことしたくなかったが。でも、俺は秦を守る。もう後戻りはできないんだ!」
血の匂いが風に乗り、誠の目に涙が溢れた。
宦官の排除が終わり数日たった。
誠は自分がサイコパスかもしれないとすら思えてきた。
あれだけ宦官達の死に心を痛めたのに……。
今は平気の平左で秦の始皇帝を演じようと秦を豊かにしようと動き始めている。
佐藤誠は秦の始皇帝の知識と経験の記憶が、自分の記憶と意識と混ざり合い、新しい別の人格を持つ人間になったかのようである事にかなり馴染み初めていることを自覚した瞬間だった。
宦官を処分してから誠の秦の改革(魔改造)は止まる事はない。次の改革するにあたり、忠臣、李斯を呼び出した。
「李斯、秦の経済はどうなってる? 民の暮らしはどうだ? 誇張なく正直に語れ!」
李斯は一瞬、秦の始皇帝の謎の気迫におされたが、冷静に、しかし詳細に報告した。
「陛下、秦は土木工事や軍事で民を酷使し、税も重く、民の不満が溜まっております。領主や諸侯が私兵を持ち、民を虐げる例も多く、反乱の危険がございます」
誠は歴史の知識を思い出し、決意を新たにした。
(このまま行けば史実通りに陳勝・呉広の反乱が起きるということだろう。民が苦しんでるからああいうことが起きた。未来の知識のある俺ならそれをは防げるな)
「李斯、朕は民の支持を集める。虐げる領主は排除し、私兵を持つ諸侯もできるだけ解体する。土木工事は分業制で効率化し、資源を確保するために税は累進課税に変える。民が豊かになれば、国も強くなり安定するであろう? 異論はあるか?」
李斯は誠の説明を少し聞くだけで全て理解した。
1を知れば100を理解する秦の超頭脳集団を纏める丞相だけに素晴らしく優秀だった。
初めて聞く累進課税の仕組みすら、誠が簡単に説明しただけで即座に完全に理解した。
李斯は目を輝かせ、
「陛下の慧眼、柔軟で新しい発想に感服いたします。早速政策をすすめる準備し早急に改革を進めます」
そう答え、誠の提案した政策を強引に推し進めるのであった。
李斯が去った後、誠は玉座に座り直して一息ついた。
「趙高や宦官達を殺した罪悪感は消えない。でも、俺は秦を変える。秦の始皇帝として秦が滅ばない道を歩むためにも、民に支持される国造りを目指す必要がある!」
(それを、実行するには新たなる人材の確保、新たなる政策の実施が必要になるだろう)
誠は決意新たにし、秦を導く次の政策を考えることにしたのだった。
一章は話の展開が早いし、テンポ重視ですが何とか、何とか終盤のヤマ場まで耐え忍んで欲しい!




