第十四話:劉邦への葛藤と侮り
秦の始皇帝、嬴政――佐藤誠として転生した彼――がこの世界に現れてから四年が経過した。
誠が行なった様々な改革により、民の暮らしは豊かにり、史実とは異なり奏の統治を民は歓迎し、浸透し良い方向に進んでいた。
秦は、李斯、韓信、范増、蒙恬、李信といった有能な忠臣たちがキラ星のようにおり、奏の始皇帝である誠を支え、その繁栄を謳歌しつつある。
しかし、歴史の先を知る者として誠は少し悩んでいた。
史実で漢を興した劉邦の存在をどうするべきか?
その事に何故か悩んでいた。
(別に会いたいというわけではないが……。ほっておいて良いものだろうか? 放置したら内乱の元になりはしないだろうか? 今は地方の小役人に過ぎない冴えないおっさんだろうし……。下手に刺激しないほうが良いかもしれない。)
劉邦を探すか否か!
葛藤する誠であった……。
ある夜、誠は宮殿の書庫で一人、竹簡を手に考え込んでいた。
史実の知識が頭をよぎる。
劉邦――沛県の小さな亭長から皇帝に上り詰めた男。
彼がこの世界に存在するなら、今はまだ無名の存在だろう。
だが、放置すれば秦の脅威となる可能性がある。
誠は心の中で自問自答した。
(劉邦を探すべきか? 史実じゃ項羽と一緒に秦を滅ぼした男だ。秦を脅かすかもしれない。だが、それは奏の政治が乱れていたせいだ。それに今探して捕えれば反乱の目は摘める……。しかし何の罪で捕縛する? そんな事をして民に不信感抱かせるような真似は悪手になりかねないんじゃないか? しかし、危険もある。放置すれば、彼が力を蓄える可能性があるかもしれない。なんせ劉邦はカリスマ持ちらしいからな。どうしたものか……。)
誠は竹簡に劉邦の名を書き、じっと見つめた。
劉邦を放置する危険性は計り知れない。
史実では、彼は民衆の支持を集め、有力な家臣を使いこなし、項羽との戦いを制した。
もしこの世界で奏が荒れはじめ傾き始めたら反乱の火種になりかねない。
一方で、今の秦は安定しており、民は幸福だ。無理に劉邦を探して何らかの刺激をすればそれはそれで、平和な現状を乱すリスクがあるかもしれない。
(劉邦が沛県にいるとすれば、まだ小物だろう。だが、沛県には、蕭何、樊噲、曹参、盧綰 、等、後に台頭する有能な人間が集中している。劉邦を始め、彼等を抑えに動くべきか否か……。しかし、劉邦は王の器、沛県は劉邦の地元……。藪をつついたら大蛇が! ……的な事にならないだろうか? というか沛県人材固まり過ぎだろ! 劉邦って本当に天に愛されてるな。)
誠は悩み、結局その夜は結論を出せなかった。
そして翌朝、誠は范増に相談した。
「范増、劉邦という男を知っているか? 沛県の出身で、朕の予想では将来大きな力を持つ可能性がある人間だ。探すべきか悩んでいる」
范増がなんでもない感じで応じた。
「陛下、劉邦という者の名は密偵の報告に上がったことはありませんが。沛県の亭長なら、無名の小官に過ぎません。何か気になるなら咸陽に呼び寄せればよろしいかと。それとも密偵に監視を命じましょうか?」
(史実では劉邦を絶対殺すマンだった范増がこの調子ではな……。俺は劉邦の何を恐れているのだろうか? 気にし過ぎなのかとも思えてくる)
誠は頷きつつ、心の葛藤を抑えた。
「そうだな、監視だけでいい。今は余計な事はしない方が良いかもしれぬ。だが、劉邦を監視して動向は見逃さないようにしてくれ」
そう言われた范増は誠の命を粛々と実行する事にした。
(劉邦の件はとりあえずおいておく事にしよう。)
誠はとりあえず劉邦は放置する。
そう決めたのであった。
うーむ。
沛県人材の宝庫!




