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第十三話:誠の統治 孔子の子孫と儒者の評価

 秦の始皇帝、嬴政――佐藤誠として転生した彼――がこの世界に現れて、奏の滅亡を防ぐためかなりの改革を断行した。


 鶏の家畜政策や礼と仁の導入で民の暮らしは豊かさを増して行き始皇帝・嬴政――佐藤誠として転生した彼――の法の緩和策が民衆や臣下に浸透し、国全体にその影響が広がっていた。


 この時期、誠は自身の政策が長期的な安定と繁栄をもたらすかをさらに検証するため、儒教の思想家たちを宮殿に招き、彼らの視点から評価を求めることにした。


 特に、孔子の子孫である孔丘の直系の子孫や、当時名を馳せていた儒者達を集め評価は以下のようである。



 儒者たちによる評価の場

 咸陽の宮殿の大殿に、誠は孔子の子孫である孔鮒こうふ(孔子の8代目の子孫とされる人物)、儒学の大家・荀子に師事した弟子の一人である陳良ちんりょう、そして地方で民衆に教えを広めていた儒者・公孫丑こうそんちうを招いた。


 史実では弾圧される彼らから高評価を得る事は奏の安定に繋がるはずである故に、誠は儒者による評価をかなり気にしていた。


 半年間の緩和政策の成果――租税の軽減、刑罰の緩和、商業の活性化、教育の普及――が、儒教の視点からどのように映るのか?



 孔鮒の評価

 孔鮒は、孔子の血を引く者として、儒教の正統性を重んじる立場から語り始めた。彼は穏やかに、しかし力強く意見を述べた。


「陛下の統治は、わが祖・孔子が説いた『仁政』の精神に近づいております。緩租令による租税の軽減は、民を子のように愛し、その暮らしを支える孟子の教えを体現したもの。不作時の猶予や豊作時の特例は、民の困窮を救い、徳で導く姿そのものです。また、教化令による教育の普及は、孔子が『有教無類』と説いたように、身分を問わず民に学びの機会を与えました。焚書坑儒を廃し、諸子百家の書物を公開したことは、思想の自由を認め、礼と知を尊ぶ儒教の理想に適うものと存じます。刑罰の緩和と什伍連坐の廃止も、恐怖ではなく徳で民を治める道を示しました。民が陛下を『我らを救う皇帝』と讃える声は、仁政の成果に他なりません。


 しかし、憂慮すべき点もございます。陛下は法家の厳格さを基盤に据えておられますが、儒教においては『礼』と『義』が統治の要です。商業の自由化は富を生みますが、礼節を欠いた商人や豪族が力を持つ危険があります。教育の普及は民を賢くしますが、諸子百家が乱れ、孔子の正道が埋もれれば、道徳が乱れるやもしれません。陛下の統治は仁に満ちておりますが、礼と義による秩序をさらに強めていただければ、秦は真の聖王の国となりましょう。」


 孔鮒は誠の政策を高く評価しつつ、儒教の理想である「礼」の強化を求めた。彼の言葉は、仁政への賛辞と、さらなる道徳的統治への期待を込めたものだった。


 誠は黙って聞いているが内心は……。

(儒者の意見はどうしても理想論過ぎてるな……。儀式や礼を学ぶ前に実学をもっと学んで欲しいぞ)



 陳良の評価

 次に、荀子の弟子である陳良が、実践的な儒学の視点から意見を述べた。荀子は人性悪説を唱え、法家の韓非子にも影響を与えた人物であり、陳良はその厳格さと現実性を引き継いでいた。


「陛下の政策は、民の心を掴み、国を豊かにしております。免役令や帰農支援策は、兵役の負担を軽減し、民を労わる仁政の形。自治令による村の自立は、民が互いに助け合う共同体を復活させました。これは孔子が『郷党』で説いた地域の調和に通じます。商業の活性化は管仲の経済思想にも似ており、民の暮らしを向上させ、国力を高める現実的な策です。教導処分による教育は、荀子が『人の性は悪なり、故に礼で正す』と説いたように、罪人を罰するだけでなく導く道を示しました。陛下は法家の厳罰を緩和しつつ、秩序を保つ術をお持ちです。これは荀子の教えに適うものでしょう。


 だが、懸念もございます。法家の基盤を崩さぬ陛下の姿勢は理解できますが、厳罰を減らしすぎれば、荀子の言う『人の悪』を抑える力が弱まるやもしれません。什伍連坐の廃止は共同体を救いましたが、罪を見逃す者が増えれば、法の威厳が揺らぎます。また、商業と交易の自由は富を生みますが、利己的な者が跋扈すれば、民の間に不平等が広がり、義が損なわれます。陛下の統治は仁と実践の調和に優れておりますが、礼法による統制を怠らねば、さらに盤石となるでしょう。」


 陳良は誠の現実的な統治を称賛しつつ、荀子の教えに基づく厳格な秩序の必要性を強調した。彼の評価は、法家と儒教の融合を認める一方で、統制のバランスを求めるものだった。


 誠は思った……。

(そのバランス調整の匙加減で人が万単位で死んだり不幸になるんだぞ……。俺はそのバランスを常に気にしなければならない立場といえ実際にちゃんとやれよ言われてる気がして個人的はつらいぞ!)


 公孫丑の評価

 最後に、地方で民衆に教えを広める儒者・公孫丑が、孟子の弟子としての視点から率直に語った。公孫丑は民本思想を重んじ、民の声に耳を傾ける立場を代表していた。


「陛下の統治は、孟子が説いた『民を以て本と為す』を実践しておられます。緩租令により農民が飢えから救われ、豊作時の特例で暮らしに余裕が生まれたことは、民の困窮を顧みる仁政そのもの。刑罰の緩和と教導処分は、罰するだけでなく民を導き、立ち直る道を与えました。市場での自由交易は民の暮らしを豊かにし、徳育所での教育は子弟に未来を約束します。咸陽の農夫が『皇帝は我らに粥を与えた』と喜び、商人が『堂々と商売ができる』と感謝する声は、陛下が民の心を掴んだ証です。孟子は『民の心を得る者が天下を得る』と説きました。陛下はまさにその道を歩んでおられます。


 ただし、危惧もございます。兵役や租税の緩和は民を救いますが、国家の防衛や財源が不足すれば、民を守る力そのものが失われるやもしれません。また、諸子百家の思想が広がれば、儒教の仁義が薄れ、利己的な者が台頭する恐れがあります。民は今、陛下を讃えますが、仁政が甘やかしに転じれば、怠惰や不満が芽生えましょう。陛下の統治は民への愛に満ちておりますが、仁と義を厳かに保ち、民を正道に導く努力を続けていただければ、秦は永遠に栄える国となるでしょう。」


 公孫丑は誠の政策を絶賛しつつ、仁政が過度に緩むことへの懸念を示した。彼の言葉は、民の支持を重視する孟子の思想を反映しつつ、長期的な統治への助言を含んでいた。


 誠は……。

(まあ、実際に民を愛しているかと問われると実は違うな……。俺は自分の意識と知識、奏の始皇帝の知識と意識が混ざり合った存在だ。その影響で奏を安定した大国に導く事が俺にとっても至上命題になっているだけなんだよ。そこに愛はないのかもしれない。民が奏の邪魔となれば俺は民にとって悪魔にも変わる存在になろう)


 孔鮒、陳良、公孫丑の評価を聞き終えた誠は、しばし黙考した後、玉座から立ち上がり、力強く応えた。


「孔鮒、陳良、公孫丑、貴公らの言葉は俺の統治を磨く宝だ。儒教の仁と礼が民の心を掴み、国を豊かにすることは俺も認める。緩租令や教化令が民に喜びを与え、自治令が共同体を復活させたのは、貴公らの言う通り、仁政の成果だ。朕は法家の厳格さで秦を強国にしつつ、儒教の徳で民を導く道を選んだ。孔鮒の言う『礼』の強化は確かに必要だ。商業や教育の自由が乱れぬよう、礼法で統制を加えよう。陳良が指摘する『人の悪』を抑える力も忘れぬ。教導と自治で罪を防ぎつつ、法の威厳は保つ。公孫丑の民本思想も朕の信念だ。民の心を得る統治を続けつつ、怠惰や分裂を防ぐため、仁と義のバランスを取る。


 秦は法家の現実主義と儒教の仁、道家の自然さを融合させた国となる。貴公らの助言を活かし、民と臣下を正道に導き、千年続く帝国を築く。それが朕の決意である」


 統治への反映と未来

 儒者たちの評価を受け、誠は統治にさらなる調整を加えた。礼を重んじる法令を整備し、商業や教育の自由を維持しつつ、道徳教育を強化。地方の徳育所には儒教の教師を増やし、民に仁義を浸透させた。また、陳良の助言に従い、犯罪への監視を緩めすぎないよう、自治令に村長への報告義務を追加。公孫丑の懸念に応え、兵役や租税の緩和を見直しつつ、国防と財源を確保する方針を固めた。



 奏の大きな政策転換の成果と儒者たちの評価を経て、誠の統治はより洗練されたものとなり、秦は厳しさと温かさの調和の中で新たな時代を迎えた。


 誠の内心とは裏腹に、民衆の忠誠は深まり、臣下の協力も増し、奏の未来へ明るいものなると誰もがこの時は思っていた……。



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おお、素晴らしい問答回。 そして引きがヤバくてつら谷園w 深みが増して面白くなってまいりました
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