第一話:泰山の雷鳴と奸臣の終焉
霊峰泰山。その頂は雲海に包まれ、風が唸りを上げていた。秦の始皇帝・嬴政は、封禅の儀式のためにこの神聖な山に登っていた。
天に自らの功績を認めさせ、地上の支配を永遠に刻むための儀式だ。祭壇には牛や羊の供物が積まれ、臣下たちは息を潜めて跪き、空には不穏な雷雲が渦巻いていた。嬴政は袍の裾を翻し、威厳ある声で天を仰いだ。
「天よ、朕がこの地を統べる資格を認めよ。秦の栄光を永遠に刻め!」
その瞬間、天地が震えた。雷鳴が轟き、稲妻が祭壇を直撃した。嬴政の身体が激しく震え、彼の視界が一瞬にして暗闇に飲み込まれる。臣下たちが「陛下!」と叫び声を上げる中、彼の意識は深い淵へと落ちていった。
そして、次の瞬間、目を開けたとき、そこにいたのはただの嬴政ではなかった。
佐藤誠、日本に暮らす現役高校生にして中国史に取り憑かれたオタク少年の魂が、秦の始皇帝の肉体に宿ったのだ。
佐藤誠は秦の始皇帝の知識と経験の記憶を引き継ぎ、自分の記憶と意識と混ざり合い、新しい別の人格を持つ人間になったかのようである。
「うわっ!? 何!? ここ……泰山!? 封禅の儀式って……。まさか俺が!?」
誠は慌てて周囲を見回した。眼下には果てしない秦の大地が広がり、目の前には豪華な袍に身を包んだ自分が立っている。
頭に被る冠の重さ、冷たい風が頬を叩く感触、そして臣下たちが「陛下! お体は大丈夫ですか!」と駆け寄ってくる光景が、彼に現実を突きつけた。
そして、その瞬間だった。
彼の頭の中に秦の始皇帝の様々な記憶の断片が流れ込んでくる。
「俺が……。秦の始皇帝!? 転生したのか!? 夢じゃない……。本当に俺が嬴政になってる!」
雷鳴が遠くで響き、誠の心臓は激しく鼓動した。前世の記憶と嬴政の記憶が混ざり合い、洪水のように蘇り、彼は瞬時に状況を理解した。
誠は頭を即座に切り替えて中国史オタクとしての知識を総動員し、この時代を生き抜き、歴史を変える覚悟を決めた。
「よし……。こうなったらやるしかない。俺が秦を、世界最強の帝国にしてみせる!」
臣下たちとの出会いと実感。
混乱が収まり、誠(嬴政)は臣下たちに囲まれた。
まず最初に進み出たのは、李斯だった。瘦せぎすの体に鋭い眼光を宿した男が、誠の前に跪き、恭しく頭を下げた。
「陛下、封禅の儀は天の異変と共に終わりを迎えました。雷鳴は天が陛下の偉業を認めた証に違いありません。次なるご命令を」
その声は落ち着きながらも、深い忠誠心に満ちていた。誠は内心で拳を握った。
(李斯だ……。史実じゃ法家思想の柱で、始皇帝に滅私奉公した男。こいつは使える。俺の右腕になってもらおう)
「李斯、よくやった。朕の国を支える柱として、これからも尽くせ。朕はお前を信じる」
李斯は目を潤ませ、「陛下の信頼に命を懸けて応えます!」と力強く答えた。誠はその忠実さに胸が熱くなった。
次に、一人の将軍が前に進み出た。
李信将軍だ。
凛々しい顔立ちに穏やかな笑みを浮かべ、彼は誠に敬礼した。
「陛下、泰山の警護は万全です。雷に打たれたと聞き、心配でなりませんでした。どうかご安心を」
その誠実な態度に、誠は心から安堵した。
(李信か……。史実じゃ楚攻めでしくじったけど、根は良い奴っぽいな。忠誠心も高そうだし、ルックスも良い、民に慕われる将軍になれそうだな)
「李信、朕は民を守る将を求める。お前ならその任に耐えられる。民のために戦え」
李信は感激したように目を輝かせ、「陛下の仁徳に報いるため、全力を尽くします!」と誓った。
続いて、がっしりとした体躯の男が現れた。
蒙恬将軍だ。武骨な顔つきに無骨な物腰だが、その瞳にはどこか優しさが宿っている。
「陛下、泰山の異変で匈奴が動き出すかもしれねぇ。北の守りを固めるべきかと」
その実直な口調に、誠は思わず笑みをこぼした。
(蒙恬か……。万里の長城の英雄だよな。それに史実では秦の始皇帝に文書で自決しろと言われたら、自決する程の忠義者だったらしいからな。俺の命には絶対に逆らわないだろう。そういう配下がいるってのはマジに心強いな。北の守りは任せよう)
「蒙恬、北の守りは任せた。だが、民を酷使するな。それが朕の命だ。民あっての国だぞ」
蒙恬は驚いたように目を丸くし、「陛下の心遣い、肝に銘じます」と深く頭を下げた。誠はその素朴さに信頼を寄せた。
そして、誠は思考する。
(さてと、この時代の1番の害悪。
キングオブ最悪の奸臣、趙高をどうするか……。
そんなの答えは決まっている。
趙高は即始末するに限る。)
秦の始皇帝になった誠は趙高を始末する事を考えていた。
あらかた、臣下たちとの対話を終え、誠が祭壇の片付けを眺めていると、始末するべき男が穏やかな笑みを浮かべて近づいてきた。
趙高だ。丁寧な物腰で、彼は誠に深々と頭を下げた。
「陛下、泰山の儀式は見事でした。雷鳴すら陛下の威光に呼応したのでしょう。宮廷のことは全て私にお任せください。陛下のために尽くしますよ」
その言葉は甘く響き、表面上は忠実そのものだった。しかし、誠はその笑顔の裏に隠された狡猾さを見逃さなかった。
(趙高……。史実じゃ秦を滅ぼす奸臣だ。表面は良い奴装ってるけど、こいつの企みを放置したら国が危ない)
誠は前世の知識を思い出した。
もしも自分が秦の始皇帝だったら趙高だけは絶対に許せるはずもない。
なんせ趙高は秦の始皇帝の死んだ後に、遺言すら書き換えて太子を暗殺し、二世皇帝胡亥を操り、更には殺し、秦を内乱に導いて滅びをもたらした奸臣だ。
この場で芽を摘むのが最善だと判断し、誠は静かに息を吸った。
「趙高、朕に忠誠を誓うか?」
趙高は目を細め、「もちろんでございます。陛下のためなら命すら捧げます」と答えた。
だが、その声には微かな嘲りが混じっていた。誠はそれを聞き完全に決断する。
「ならば良い。朕はお前を必要としない。奏のためにここで死ね!」
趙高は一瞬何の事か分からず思考が停止している。
そして……。
誠は続けて静かにハッキリとした口調でこう言った。
「蒙恬将軍! 趙高を斬れ!」
誠の冷徹な一言に、空気が凍りつく。
数瞬後に、趙高は「陛下!?」と叫び、驚愕の表情を浮かべたが、蒙恬と李信が即座に動く。
蒙恬が太刀を抜き、李信が趙高を押さえつける。
「待て! 陛下、私は忠臣だ! 何の罪で……!」
趙高の叫びが響く中、蒙恬の刃が一閃した。血が泰山の石畳に飛び散り、趙高の首が転がる。誠は冷ややかに呟いた。
「これで一つ、国の毒を取り除いた。それに宦官制度も終わらせるつもりだ! 朕の国に奸臣は要らん」
李斯が震える声で進み出た。
「陛下……。趙高は確かに不穏な動きを見せていました。陛下の決断は正しかったかと」
誠は頷き、「李斯、朕は民と国を守る。お前たちもその覚悟を持て」と命じた。
その後、趙高の死体が片付けられ、泰山の頂は静寂に包まれた。
誠は眼下の秦の大地を見下ろし、胸に燃える野望を再確認した。
「俺は秦の始皇帝だ!
秦の滅びる運命を回避して民の支持を集め、世界を制する帝国を作る。それが俺の使命だ」
趙高を排除した誠は、秦の滅びる運命を回避し、未来永劫、輝き語り継がれる、始皇帝の新しい歴史の一歩を踏み出すのであった。