Ep.7 鷹が鳶を生んじゃうことだってよくある⑦
(11時の方向の小さな群れはリッサの攻撃であらかた片付いた……奥の狼はルガル達で処理ができそうね。問題はやはり1時方面の群れ、今はゆっくりルガル達の方へ近付いている。)
依頼通り、凶暴化した月光狼の討伐を遂行した我々に突如襲いかかる狼の群れ。しかしその奇襲にもレイズ達は冷静に対処し、体勢を再び整えることに成功した……少なくとも、傍目から見ている私にはそう映っていた。見ているだけでいいと予め言うだけはあるとそう感心していたそのとき、
「あっちは片付いた……次はこっち。」
私の右隣で淡々と銃を打ち続けていたリッサがそう呟き、銃口を正面右側に向ける。そのまま再び狼の群れへと発砲する。私は魔力量で戦況を分析しながら、リッサに話しかけた。
「ここまで片付いたら、なんとかなりそうね。」
「まあ、なんとかはなるわね……多分。」
「多分?」
期待していたものとは裏腹の、リッサの曖昧な返事を私は思わず反復し、リッサの表情を横目で伺う。リッサは真一文字に口を結びながら眉を顰め、怪訝そうに狼の群れを睨め付けていた。数瞬の沈黙の後、私の質問に返答するようにリッサは口を再び開いた。
「私が知ってる月光狼は、仲間を贄にして人間を罠に嵌めるほどずる賢い魔物じゃないわ。」
「なるほど……」
コロニー単位での大規模な南下、凶暴化した同族でのおびき寄せ戦法……通常の月光狼の知性や習性にそぐわない行動、その意味は……
「もしかして、狼の後ろに別の脅威が潜んでないか、これ?」
「……私もルリと同じ考え。なんなら、その"脅威"の正体にも見当がついてる。」
「それって……」
「魔族、だと思う。十中八九ね。」
「……!!」
魔族という言葉に、私は思わず息を呑んだ。確かに魔物を使役し人間に仇なす存在として真っ先に思い浮かぶのは魔族であり、レイズ達から25年前の魔王討伐の戦いの話を聞き彼らの存在は知識として理解していたはずであった。甘かったと言わざるを得ない……ここまでの接近を許すまで、その脅威の重さを誤認していたのだから。リッサは銃弾を放ちながら続ける。
「ここまで狡猾な戦法を取ること、そもそも魔法を介さず魔物を使役することがよほど高位の魔物か魔族の専売特許……」
「でもマルキスの話だと、魔族は魔族領から出てくることはないんじゃ……」
「そう。25年前の魔王討伐と魔族を封じこめる結界によって、魔族領との境界は人間にも魔族にも侵犯されることは無くなったはず……魔族ではなく相当上位の魔物だとして、それが何のために?」
「……」
確かに何者かが裏でこの狼の大移動を望んでいたとして、何の目的でそんなことをしているのかまるで分からない。狼のいたところかもしくは南下した先になにか黒幕の目的となるものがあるのだろうか……。きっと、マルキス達もそう思って調査と言っていたのだろう。ともかく急いで狼達を倒して彼に話を聞こう……そう思った矢先であった。
(狼の魔力が!?)
右眼の端、リッサが銃撃していた狼の群れがこちらに気付く。その途端魔力が膨れ上がり、強い殺意となって私たちを襲う。私はリッサに向けて再び告げる。
「リッサ、気付かれている!」
「分かってる……けど!」
リッサが弾を込める隙にも、狼たちはその健脚を飛ばし凄まじい勢いで距離を詰めてくる。リッサの苦い表情を横目で確認し、私はリッサの前に飛び出しながら、
「羽々長いて、『天火燦蚕』!!」
そう言いながら手を前に突き出して、炎の蝶を放つ。これならなんとか時間稼ぎが……と思った矢先、
「ルリ!魔法はダメ!!特にその魔法は……」
リッサの言葉に疑問を抱いた瞬間、炎の塊から怒り狂った狼たちが姿を現す。銀の毛並みは煙を切り裂き、喉を鳴らした狼たちが一匹残らず私を睨みつける。
「なっ……いや、炎耐性か!」
そこで私はようやく、馬車での会話を思い出した。温度変化に強い服の素材になる……それはつまり、炎や氷などによる攻撃に強いということ。そこに銃声と共にリッサの声が響く。
「……それもだけど、さっきリーダーに渡された薬よ。あれは攻撃系の魔法を使った瞬間魔除けの気が晴れちゃって効果が無くなるの。」
「先に言ってよね、それ。」
「言う必要がある展開になると思ってなかったの!」
「グオオオオン!」
私が狼に警戒を飛ばしながらリッサに悪態をつくと、狼がいきり立ちながら私に飛びかかる。私はなんとか脇に避けながら鞄に手を突っ込み、
「毛皮が炎に強くても、中身はどうだろうね?」
そう言いながらナイフの魔道具を取り出し、狼の懐に飛び込み突き刺す。そして予め確認した『炎の魔法回路』にありったけの魔力を流し込んだ。
「うおおおおお!!」
「グギェェェェッッ!!!」
赤く輝く刀身が巨大な火柱と化し、狼を内部から貫く。予想通り肉体そのものは高温耐性はないようで、その体は真っ二つに焼き切れてしまった。私は短剣の血を払い、再び残りの狼を睨みつける。狼達は怯んだ様子で少し後退るも、すぐに三匹ほどが同時に私に襲いかかった。
(三匹同時は……まずい!)
「ルリ!!」
リッサの叫びが響き私が腹を括った瞬間、襲いかかる狼が私の目の前で脱力し崩れ落ちた。空振りした覚悟の反動でフリーズし暫く状況が掴めなかった私は、ゆっくりとリッサの方へと振り向いた。
「あんたは……?」
「まだ前を警戒した方がいい。終わってないよ。」
リッサの背後、銃の形をした手をこちらに向けたエルフの美少年がこちらを見ていた。私の様子を見たリッサが背後を確認し、結果的に私の求める答えを提示した。
「ガステイルさん!?どうしてここに……?」
金髪青目のエルフの少年――もとい、英雄ガステイルはリッサに向けて微笑んだその刹那、一発の銃弾で狼の群れを一掃した。