Ep.86 忘却とは前進④
「……それで、そのちっこい英雄ガステイル様ってのを連れていくことになったってか?」
英雄ガステイルとの交戦後、彼は私の乗る4人乗りの馬車に無理やり乗せられた。こちら側の長椅子にレイズ、私、ガステイルの順番で座っている……目の前の、やたら大きな図体で文句を垂れているランのせいで。
「な、なんだよ……」
どうやら内心が思わず顔に出ていたようで、ランは戸惑うように言った。私は隣に座るガステイルをちらっと見る。彼は何も意に介していないようで外の景色を見ていた。するとランの隣に座ったラズベリィが咳払いをし、窘めるように言った。
「ラン、無礼。」
「うるせえ。だいたい英雄だなんて本当かどうかも分からねえだろ。」
「いいえ、むしろ逆よ。偽物という証拠が無さすぎるわ。」
私は二人の会話に割って入るように言った。ランは目だけをこちらに向け、睨みつけながら言葉を続ける。
「あ?どういうことだよ?」
「少し前に会っているのよね。魔力の反応が全く同じ……王都でリィワンという魔族を見たけど、彼の変化結界じゃ魔力の総量は誤魔化せなかったわ。それに、偽物にしては事情をよく知りすぎているわ。25年前の魔王討伐も、ルガル君のことも……。」
「……」
ランは不服そうに眉を顰めながら押し黙る。しかし内心はどうあれ、表向きは納得したように振る舞うと決めたようで、それ以上ガステイルに突っかかることはなく、腕と足を組みふんぞり返るように背もたれに寄りかかった。その瞬間、ドガァァァンという爆発音と共に辺り一帯の地面が揺れる。
「なんだァ!?」
「……まさか!」
馬車を包む混乱の中、何かを察知したであろうガステイルは馬車を飛び出し、凄まじい速さで魔王城の方向へと走り出した。
同時刻、ジューデス魔王城。その城壁の前で争いが起こっていた。
「クソッ!!」
激突し、弾かれたリィワンがドーナの元へ吹き飛ばされる。異形のものへと変化させた腕で地面を叩きつけながら悔しがるリィワンをドーナは見下ろし、小さくため息をついた。
「全く、血の気が多いですわ……私は交渉に来ただけですのに。」
「……」
ドーナはそれだけいいながら、魔王城前で自身と敵対している"それ"をちらりと見た。"それ"は左右で色の異なる黒白の翼を持ち、魔獣の如く発達した爪を手足に持ち、まるで聖魔法の封印の如く神秘に輝く紅の瞳と魔法陣を持っている異形であった。肩で息をして膝を付いているリィワンとは違い、その異形――魔王"強欲と破壊の堕天使"は何事もなかったかのように涼しい顔をして立っていた。
「いけませんねぇ、当代の魔王は。こちらはあくまで……この地の竜脈の解放を、竜と魔のよしみでご依頼しに参ったと言いますのに。」
「フフッ……」
「あら、どうなさいました?私、巫山戯たつもりは一切ないんですけど。」
「いや、なに……。偉大なる竜族サマとやらが交渉だの、よしみだの、依頼だの、随分ぬるいお言葉を知ってらっしゃるもんだと思ってね。」
「……」
「竜族とやらがみんな貴女ほど臆病なら、貴女の身内も封印なんてされずに済んだことでしょう。それを今更、あれだけ見下していた人間に頼って封印を破壊してって……厚化粧が随分よく似合ってらっしゃるわ。」
「言わせておけば……」
「うおおおおっ!!」
突如、リィワンが再び飛びかかりネームレスへと殴りかかった。リィワンによる高速の連撃をネームレスはあっさりと素手で捌く。ネームレスはそのまま、リィワンに語りかける。
「もう分かったでしょう?」
「だ……黙れ!」
「こうして稽古するのも随分久しいが、よく覚えている。変わらないね、なかなか。」
「変わらないだと……?」
ネームレスの言葉を聞いたリィワンの攻撃に隙間が生まれる。あらゆる攻撃が想定内であるかのように、流れるように捌いていたネームレスはそのリィワンの想定外の行動のために隙を生んでしまう。その刹那にも満たない時間の隙を掴んだのは、リィワンであった。
「ムッ!」
「覚えている、だとォッ!!!」
リィワンは激昂し、ネームレスの両腕を強く掴んだ。そのまま両腕の動きを封じながら、言葉を続ける。
「だったら、だったらなぜ、ニーナの反応を見て見ぬふりをしているんだ!!!」
「……!」
ニーナという名前を聞いたネームレスから、それまで浮かべていた余裕の笑みが消える。ネームレスは目を少し見開き、そしてリィワンを興味深そうに見つめてから、鋭い眼差しで睨みつけながら脅した。
「手を離しなさい。」
「嫌だ!」
リィワンの否定を聞き、ネームレスはそれまでなされるがままだった腕を掴み返す。そしてそのまま腕を軽々と捻りあげる。
「ぐぅ、うあぁっ」
「離しなさい。千切れるわよ。」
「いや……だぁっ!ぐああああっ!!」
ネームレスはさらに力を込める。リィワンの腕がミシミシと悲鳴をあげ、砕けようとしたその寸前、
「ぐふっ」
ネームレスの背後の森から、巨大な火球が放たれてリィワンにヒットする。手は離れ、その勢いのままリィワンはドーナの元へと吹っ飛んでいく。ネームレスはリィワンに掴まれていた腕を暫く無言で見つめていると、火球の発射元から声があがった。
「確かあの日……25年前もこうして、ここから火炎の弾丸を撃ったんです。たまたまですが、懐かしい話ですね……アルエット殿下。」
「……ちょうど良かったわ、ガステイル。たった今、育児の仕方について質問をしたいところだったの。」
「は?今ですか?」
「いいや、やっぱり後で良いわ。アンタもどうやら、話があるみたいだし。」
「えぇ……」
ガステイルは困り顔をしながらネームレスへと加勢する。ネームレスは掴まれていた箇所を指圧で確認しながら、リィワンとドーナを品定めするような目線で見つめていた。




