Ep.84 忘却とは前進②
「お久しぶりですね……英雄様。」
魔王城があるジューデスへ進む道を塞ぎ、指で銃の形を作りそれを馬車に向けていた男・英雄ガステイルへ、私は虚勢を張りながらそう言った。ガステイルの表情は眉ひとつ変わらず、険しく鋭い眼光で私とアルマストを睨みつける。
「なにゆえ、その様な真似をなさるのでしょうか?」
「……」
「このようなことは言いたくありませんが……貴方が魔王討伐の英雄だろうと、王族たる私の邪魔をしてただで済むとお思いか!」
「フッ……ハッハッハ!!」
アルマストが語気を強めそう言うと、ガステイルは表情を崩し高らかに笑う。アルマストはムッとしてガステイルを見つめている。
「いいや……王都から出禁を食らってそのセリフが吐けるんだから、甘いもんだと思ってね。」
「挑発には乗りませんよ。貴方のやり方はよく分かっておりますので。」
「へぇ。それって、どんな?」
「魔王討伐の話を知っている王都の者たちなら皆知っています。貴方は挑発や揺さぶり、ブラフを利用し……」
アルマストが言い終わらないうちに、私の目の端で何かがキラッと光る。
「危ない!!!」
私はアルマストに突進し、のしかかるように押し倒す。予め地面に仕込んで置いたのだろう……光の弾丸が押し倒す前のアルマストの立ち位置をかなりの速さで通過した。アルマストは驚いた表情で私を見て、その後すぐにガステイルを再び睨みつける。
「ご乱心ですか、英雄ガステイル。」
「ご乱心か……まあ、間違いではないかもな。いずれにしろ、俺がこうして足止めをしているのが挑発ではなく本気だって伝わったようだね。」
「残念です……そこまで強硬に敵対姿勢を見せるのであれば、仕方ありません!」
「アルマスト、ダメ!!!」
私はそう言ってアルマストの腕を掴み引き止める。アルマストは私の方に顔を向けながら、信じられないといった形相で私を見つめる。
「ルリさん、ちょっと……」
「ダメ!!ここら一帯にさっきの弾丸が大量に埋め込まれているわ!!!」
「え!?」
私は視線だけをぐるりと見回す。土や木でカモフラージュされている光の弾が、まるで地雷原のように仕込まれていた。私とアルマストは同時にガステイルの方へと向き直る。ガステイルは変わらず鋭い眼光でこちらを睨みつけていた。
「やっぱり『潜む弾丸』は効果がないか……本当に厄介だね、その目。」
「効果がないって、ここまで埋め込まれてちゃ身動きの取りようがないんだけど。」
「そうだよね……そのためにこれだけばらまいたんだから。」
私はゴクリと息を呑む。このやり取りの間もガステイルは一切の隙を見せることはなかった。睨み合いは暫く続き、アルマストが少しずつ平静を取り戻していった。そして私はふとひとつの疑問を口にする。
「どうして殺さないのかしら?」
「なんだね?」
「この弾丸のうち3割もあれば、私たち全員を仕留めるには十分でしょう……物量で勝っている貴方が今の時間で何も仕掛けないのは、不自然ではないかしら。」
「……つまり、俺がアンタたちを殺す気がないと言いたいわけか?」
「違うのかしら?貴方の作り上げたこの弾丸の大地の目的は、殺しではなく脅し……そうでしょう?」
ガステイルはその質問に答えることはなかった。ただ次の瞬間、
「グオオオオ……」
私とアルマストの背後から、呻き声が聞こえた。振り返るとそこには大きな肉食獣のような魔物が苦しそうにもがいていた。その胸部には周囲の地面に埋め込まれていた光の弾丸が数発撃ち込まれていた。私は慌てて再びガステイルの方へ振り向く。彼の足元にあった光弾の反応がいくつか消えていることを確かめたあと、私はガステイルを問い詰める。
「さっき、アルマストを撃ち抜いたときは本気の速さじゃなかったのね。」
「速さもだけど、ああやって魔力でバレるような真似もしないさ……例えば地面全体に薄く魔力を張ってカモフラージュするとかね。君も来ているなら尚更だ。」
ガステイルの口角が小さく上がる。アルマストは変わらずムッとした表情でガステイルに問いかけた。
「それで、この行動が本気じゃなかったって言いたいわけ?」
「いいや。足止め自体は本気だよ。それに……ある意味じゃ"乱心"ってのも間違いじゃないのかも。」
「それって……」
「多分、アルエットさんが言っていた本当の魔王討伐に関わってくることだと思う。」
私はアルマストの発言を遮るようにそう言った。王都に行ったあの日、ガステイルの娘で聖剣所持者であるアルエット・ミレアが言っていた魔王の正体――それこそが、ガステイルさんの伏せておきたかった事実なんだろうと、私は予測した。ガステイルは何かを観念したかのように目を瞑り、おもむろに口を開いた。
「正解だ……魔王を斃したあの日、俺たちは女王様にこう報告した。"魔王ネカルク・アルドネアは王女アルエット・フォーゲルと相討ち、死んだ"と。」
「けど、アンタの娘は言ってたわ。アンタたちの報告は嘘であり、アルエット・フォーゲルは生きて魔王として魔王城に居る――って。」
「ああ。そして人間と魔族の出入りを封じる結界を作った……それが壊れたときに"人間がアルエット・フォーゲルのことを忘却する"という効果を加えたうえでな。」
「忘却……」
ガステイルの言葉を聞いたアルマストは言葉を失い、呆然とそれだけ呟いた。私はアルマストの肩にそっと右手を置き、口を開いた。
「アルエット・フォーゲル本人からその結界効果のカラクリを聞き、アンタ達はその忘却を望まなかった……だから虚偽の報告をしたってことね。」
「その通りだ、概ね。」
「概ね?」
「俺たちが望まなかったのは、俺たち以外の人間までもがアルエット殿下の記憶を失うことの方だ。女王だけではない、世界各地で殿下に助けられた人たちが彼女のことを忘れてしまうのは……相討ちより辛い事実だと、三人の意見が一致したんだ。」
「だったらなぜ、そもそもそのアルエット・フォーゲルはそんな結界を作ったのよ。」
「……」
ガステイルは俯きながら眉を顰め、言葉を詰まらせる。それは答えを考えているというよりは、元々用意していた答えを自分が信じるように言い聞かせているような、そんな意味を持つような時の隙間であった。
「俺の推測にすぎないが……あの人自身が名前無き魔王として君臨し後腐れなく倒されるため、だと思っている。」
「思う?」
「人間と魔族の出入りを禁ずる結界が壊されるのは、それ自体が人間と魔族の間で異変が起きている証だ。その決着の片方は当然魔王である殿下に委ねられる以上、殿下がかつて魔王を倒した英雄であるという記憶は邪魔だと殿下は考えたのだろう。」
ガステイルは少し遠い目をしながら語った。
「乱心かもしれないね……そもそも、俺はその結界の効果で記憶を無くすことはないんだ。だからこそ余計に、アムリスや女王様が殿下の記憶を失うところを見たくないんだ。だから、この場は足止めをさせてもらう。」
ガステイルはそういうと、再び指を銃の形にしてこちらに向けた。




