Ep.6 鷹が鳶を生んじゃうことだってよくある⑥
「ごめんね……そっちはどう?」
リッサとの会話を終え、レイズとルガルに合流しながら私はレイズに声をかける。木々がややまばらに立ち並ぶ森の入口で、二人は草木の影に隠れるように腰を下げ、前方の一点を注視している。私もゆっくりと腰をかがめながらレイズの隣で前方を見つめる。木々に囲まれた天然の広間のような地形、そこには一匹の白い毛並みをした狼がいた。
「いるね……あれが月光狼かな?」
「はい。そして日中に活動している個体……十中八九凶暴化個体だと思います。魔力的な異常は見られますか?」
私は目を凝らし月光狼を再び見つめた。体を包む魔力の光がバチバチと不安定に揺らいでいる。
「魔力が風船みたいに膨れ上がっているわね……今にも爆発してしまいそう。」
「ありがとうございます……間違いなく凶暴化個体ですね。ルガルとボクで突撃します。リッサは援護を、ルリはこれを……」
レイズはそう言うと懐から瓶を取り出し錠剤を手渡した。私は錠剤を受け取りまじまじと見つめる。レイズは私から目を切り、簡潔に説明する。
「ボクが調合した魔除けの気を発する薬です。それを飲めばルリの気配が魔物に感知されにくくなります。それを飲んでここから見ていてください。」
「あ、ああ……分かったよ。」
私は錠剤を口に含み、ゴクリと飲み込んだ。前世の経験から少し躊躇しながらも、その形から想像したような苦味は全くなく、ほんのり甘みすら感じるその薬に私は思わず目を見開き驚く。そんなことをしていると、後ろからリッサの声がする。
「えー!いやだ!!お薬なんか飲みたくなーい!」
「……」
「お、お薬じゃないよ!飴ちゃん、飴ちゃんだと思えばいいから!」
駄々をこねるリッサに、露骨に眉を顰めるルガル、そして二人に手を焼くレイズ。その後ろ姿に甘くない苦労を見留め、私は飲みやすい薬の理由に合点がいったのであった。
「それじゃルガル、いつも通り、ボクの合図で。」
レイズはなんとか二人に薬を飲ませ、自身も別の薬を口に放り込むと、ルガルにそう言いながら鞄から赤い球を取り出した。薬を飲んだルガルはコクリと頷くと、ゆっくりと背負っていた大剣を抜いて構えた。レイズはニヤリとほくそ笑むと、赤い球を左手で掴み、静かにゆっくりと大きく振りかぶった。
「こ、この投球フォームは……」
「うおおおおおお!!」
糸を張った弓のように全身がピンと伸びたワインドアップから、雄叫びとともに流れるような動作で球を放ったレイズ。糸を引くような軌道を描いた球は、数十メートルも離れた月光狼の目元を正確に射抜いた。私は世界一美しいとさえ言われたワインドアップを完全再現したかのようなレイズのフォームに興奮しながら、
(いや、あのコントロールはむしろあの憎き青い球団の……)
と全く関係ないモヤモヤが吹き出していた。
赤い球は月光狼の目に直撃すると、パチャリという音を立てて破裂した。球の中に入っていた液体が月光狼の目元を赤く塗りつぶす。それは激痛を伴う物質のようで、月光狼は泣き叫ぶように悲鳴を上げながら、前足で顔を必死に拭っていた。
「ギャア、ギャオオオン」
「ルガル、今よ!」
レイズの無慈悲な号令と共に、ルガルが大剣を構え凄まじいスピードで突進する。レイズも腰の細剣を抜きルガルの後を追従する。ルガルは月光狼の前で立ち止まると、
「ごめんね。人間の害になるかもしれないから……君は殺さなきゃいけないんだ。」
そう言って、担いでいた大剣を狼の頭部めがけて一息に振り下ろした。駆けつけたレイズは圧し斬られた狼の死骸を見下ろし、ルガルと共に軽く祈りを捧げる。暫くの沈黙の後、二人は鞄からナイフを二本取り出し、狼の死骸から皮や肉などを剥ぎ取り始めた。
「私たちも二人を手伝った方がいいのかな?」
私は後ろで銃を構えるリッサに目を向け言った。しかしリッサはまるで警戒を解く様子を見せず、銃を構えたまま答えた。
「ダメよ。私たちの仕事は周囲の警戒……二人が剥ぎ取りを終えて戻ってくるまでは、私たちが二人の命綱なんだから。」
「そっか……そうだね。リッサの言う通りだ。」
「……まあ、ルリがいるなら魔力を感知できるから、そこまで警戒しなくてもいいと思うけど。」
「いやいや、感知だって万能じゃないんだ。警戒しておくに越したことは……」
私はそう言いかけて頬を緩ませた瞬間だった。二人が作業をしている奥の森から突如……否、左右の木々の奥からも複数の魔力の光が煌めいた。スゥと顔から血の気が引くのを感じる。
「囲まれているぞ!!!」
反射的に発した私の声が、空を切り裂き緊張を産む。レイズとルガルは剥ぎ取りを中断し剣を構える。
「どこ!?」
足元から響いた声、その主であるリッサが銃に弾丸を込める。
「11時の方向、15メートルほど先に四匹。その後方に三匹。逆方向は……1時と2時の間に十匹程度の群れ。」
「オッケー、見えた。二人には正面奥に集中してもらって。」
「うん。レイズ!ルガル!!側面の狼はこっちで処理するわ!二人は奥の群れをお願い!!」
レイズとルガルはこくりと頷くと同時に背中を向ける。その直後に三発の銃声が響く。
「今は魔法より連射優先……ルリ、ちょっと下がってて。」
リッサが私を押しのけるようにして前に立ち、再び弾を装填する。私は狼たちの魔力を警戒しながら、息をのんでその様子を見つめていた。