Ep.76 たとえ無実であったとしても①
ランとの戦闘が終わり、私は途切れた意識の中で辺りを見回していた。
「ここは……」
薄ぼんやりとした空間と、肉体を包む曖昧な境界線を知覚し、ここは恐らく現実世界とは異なる空間であると認識する。
「そうか、私、死地の舞で吹き飛ばされて……」
ランとの戦闘を想起しながら、私はどのようにこの場所へと辿り着いたのか思案する。するとぼんやりとした空気が晴れ、辺りの空間が色付き始める。やがて出来上がった空間は……私とは切っても切れない関係の、とある保育所の園庭であった。
「そんな、ここは……」
私がかつて、こちらの世界へ来る前に働いていた保育所……その上空から見下ろすように漂っている私は慌てて、誰かいないかと辺りを探し続ける。すると、園庭と駐車場を繋ぐ入り口の辺りにいくつか動く人影を発見した。私は泳ぐようにその場へと向かい……そこで、自らの目を疑った。
「そんな……これって、私……」
私の目線の示す先には、2人の女性と1人の女の子がいた。それも……女性のうち1人は見間違う訳もなく、私自身であった。
「まさか、こんな所で会うなんて……ルリ!元気してた?」
私じゃない方の女性はそう言って、思念上の私の手を取り大きく縦に振った。思念上の私はその様子を見ながら苦笑いを浮かべ口を開く。
「ま、まあね……レーナ、中学のとき以来だっけ?」
「そうそう!アンタ、急に野球辞めるとか言っちゃってさぁ!」
「あ、あれは、その、あの……」
思念上の私はレーナから視線を逸らし、しどろもどろになりながら言葉にならない何かを発している。レーナはその様子を一通り見終わったあと、
「ぷっ」
と少しわざとらしく吹き出した。
「あっはっはっは!」
「ち、ちょっと、何がおかしいのよ!」
「いやいや。あの後監督にもアンタのお母さんにも聞いたわよ!だから……知ってるよ。あのときのアンタがいっぱいいっぱいだったってこと。」
「あー……悪かったわね、あのときは。ホント……」
「アタシの方こそ。チームの正捕手としてエースの異常にきちんと気付くべきだった。結局中学の時は謝れずじまいでさ、2人とも別々に進学しちゃったから……アタシも、ずっと心残りだったんだよ。」
バツが悪そうに目を逸らした思念上の私は、レーナの足元で自分を見上げる女の子と目が合った。女の子は自分が見られていることに気がつくと、レーナの影に逃げるように隠れる。
「あ、こら。よっと。」
女の子の動きに勘付いたレーナは掛け声をあげながら女の子を抱きかかえる。
「ほら雷花、ご挨拶しなさい。これからお世話になる、ルリ先生よ。」
雷花と呼ばれた少女は恐る恐る私の顔を見つめるべく、身体と首を回す。思念上の私はにこりと微笑みながら、
「よろしくね、ライカちゃん」
と目線を合わせながら首を傾げる。しかしライカは照れくさそうにキョロキョロしだすと、レーナの方へと身体を戻し彼女にしがみついた。
「全く、ウチでのじゃじゃ馬娘はどこに行ったのかしら……」
「ふふっ」
「なぁに?その笑い方?」
「いや、最初大人しい子なのかなって思ったのよ。でもウチでは違うって……そうよね、レーナの子供だものね。」
「どういう意味よ、それ。」
レーナは少し不機嫌そうに口を尖らせて言った。しかしすぐに思念上の私の笑いにつられるように彼女も笑っていた。
「いつの間に結婚してたのよ。」
「高校出てすぐにね。アンタ、専門学校で県外出たって聞いたからさ……邪魔しちゃ悪いし、まさかこっちに帰ってきてるなんて思ってなかったもの。」
「そんなこと、誰から聞いたのよ……まあ、また会えて嬉しいわ。昔の友達なのに先生と保護者になるのって、なんか不思議な感じがするけどもね。」
「ふふっ、そうね……保育士、似合ってると思うよ。これからよろしくね。」
「こちらこそ、よろしくお願いします。」
レーナと思念上の私はそう言い、お互いに頭を下げる。そして全く同じタイミングで頭を上げ、お互い顔を見合せて笑っていた。しばらく二人で笑っていたが、突如レーナのカバンから何かが震える音がしてその時は終わりを告げた。
「あ、ゴメン!そろそろ行かなきゃ!ほら雷花、ご挨拶しましょ?」
レーナはカバンの中からスマホを取り出しながらそう言うと、雷花を思念上の私に近付けながら再び挨拶を促す。急に目が合ってびっくりした雷花は少し目を逸らしながら、小さい声で呟いた。
「……ばいばい、るりせんせー。」
「またね、ライカちゃん。」
思念上の私は手を振り、二人を見送った。




