Ep.75 オルデア貧民街での一幕②
敗黒の話題も終え、会議室には暫しの沈黙が訪れていた。そして、
「ウガァァァァ!!」
ジベットとリィワンの小競り合いの最中も青い顔で頭を抱え魘されるままだったラルカンバラが突然立ち上がる。一同の視線が彼に集中した次の瞬間、ラルカンバラの眼前に大きな亜空間の入口が開いた。
「団長、何を……」
「これは、竜?」
ズズズと音を立ててゆっくりと現れたのは、竜と化したエイラの遺体であった。遺体は亜空間から引きずり出されると、ズシンと大きな音を立てて落下する。
「へぇ……」
リィワンはそれを見るなり、立ち上がってラルカンバラの元へ行き、竜の遺体をちらと見て言った。
「仕舞ってたんですね、これ。」
「……」
「なるほど。今のその苦しみにはこの竜を亜空間に入れていたことも含まれて……」
「うぐ、グオオオアアア!!」
ラルカンバラはリィワンの言葉を遮るように拳を握りしめ、突如としてリィワンに殴りかかる。リィワンは避けることもできずに殴られ、会議室の端から端まで吹き飛ばされてしまった。
「だ、団長!?」
吹っ飛んだリィワンを横目にジベットは恐れおののきながら呟く。他のメンバーにも動揺が広がっていく中、
「待て」
一人の少女が椅子に座ったまま、その一言で場の空気を引き締める。闇のように黒い翼と黒と赤のオッドアイが特徴的なその少女は自身への注目を確認するように辺りを見回し、呆れるように笑って言う。
「この程度、こうすればいい。」
少女はそういうと、ラルカンバラが亜空間から吐き出した竜に向かって手を翳し、魔力を集中させていく。彼女が何をするのか周囲が理解する頃には、少女の手から凄まじい光線が放たれ、竜を焼き尽くしていた。
「ちょっと、烏!何してんのよ!!」
「害虫駆除。団長と姉さんに群がる悪い虫。」
「ひ、ひええええ……」
烏と呼ばれた少女――シャックス・クロウリンは竜を跡形もなく燃やし尽くすと、呆気にとられている一同を歯牙にもかけず空中をふよふよと移動し、ラルカンバラの傍らに立ち言った。
「団長、帰ろ。」
彼女はそう言ってラルカンバラを抱きかかえ、空中を浮かびながら移動し会議室を出る。ラルカンバラは嫌がる様子を見せることなく、シャックスに従ってぶらぶらと力なくぶら下がっていた。
「あー、痛かった。」
リィワンがラルカンバラが出て行くのを見計らったかのように起き上がる。リィワンはそのまま自分の席に戻る……ことはなく、彼もまた会議室の出口へと歩みを進めていく。
「ちょっと、どこ行くのよ!!」
「どこって……帰るに決まっているじゃありませんか。」
「待ちなさいよ!」
「何故です?団長が帰った以上、ここにいたって仕方ないじゃありませんか。」
ジベットの制止も虚しく、リィワンは会議室を後にする。彼の一言がきっかけとなり他の面々も一人、また一人と会議室を立ち去っていく。やがて会議室に残されたのはジベットとドーナだけとなり、ドーナはジベットを一瞥し言った。
「それじゃ、私も帰りましょうかね。」
「……貴女は、あの竜をどう見たんですか?」
ジベットがボソリと吐き出したように呟く。ドーナは一瞬まあと驚いたような顔を浮かべ、すぐに合点がいったように頷きながら口を開く。
「どうも何も、あれは純粋な竜ではないもの。私にわかることは何もないわ。」
「純粋な竜ではない……そうですか。ありがとうございます。」
ジベットは眉を顰めながらそう言い、会議室を去るドーナの背中を見送った。
オルデア貧民街の最奥、地元の民はおろかほとんどの盗賊団メンバーですら容易には近付けない区画に建つ小さなボロ小屋の中……の、どこか。鉄格子と壁に囲まれた狭い一室に女性が一人、手と足を拘束されたまま囚われていた。
「ハァ……ハァ……」
女性の四肢は痩せ細り、薄い桃色の髪も荒れ果てている。苦しそうな呼吸が独房のような部屋に響き、濃いクマが刻まれている目に至っては白目が黒く変色しかかっていた。後ろ手に縛られていた彼女が蹲りながら苦しんでいると、鉄格子の奥の扉がガチャリと開いた。
「どうも」
「……」
扉を開いた男・リィワンはそう言いながら部屋へと入る。女性は先程までの苦しそうな呼吸を噛み締めるように耐えながら、リィワンを鋭く睨みつけていた。
「今日ばっかりは流石にその態度も堪えますね……女性に睨まれるような趣味はないんですが、その上団長にも殴られるとは。」
リィワンは自嘲しながらそう言い、鉄格子を開いて持っていた食事の皿を差し出す。
「今日の食事です。まあ、私が出ていくまで手をつけるつもりがないのは分かっていますが。」
「……」
鉄格子を閉めるリィワンの一部始終を女性は鋭い視線で睨み続けた。リィワンは悲しそうにため息をひとつつきながら、彼女を見下ろし言った。
「もう2年になるというのに、覚悟は折れないというわけですか。この2年……24時間ぶっ通しで敗黒に抗うべく聖魔法を使い続けているのも、その覚悟のつもりだと言うのか?」
「……」
女性は何も答えない。しかしその目が彼女の答えを示していた。リィワンはその眼差しが曇天に差し照らす陽光のように、太陽を求め燃え尽きた神話の男に自分を重ね合わせるように錯覚した……故に彼女のその態度は、リィワンの脆弱に無慈悲にも矢を突き立てたのである。
「……聖女アムリス・ミレア。貴女のその胆力はなんなんです?ここまで絶望的な局面ですら救いはあると、疑わず抗い続けるその力は何と言うのです?」
リィワンは鉄格子を掴み、鬼気迫る顔で女性――かつて魔王を屠った英雄にして聖女、アムリス・ミレアに問いかける。アムリスは目を大きく見開き、やがてその顔は柔らかく微笑みを浮かべながら、ゆっくりと口を開いた。
「……き、ぼ……う……」
「なんだと!?」
言葉を発したアムリスに、リィワンは信じられないと言った様子で彼女を見つめ、一歩後ずさる。暫し固まっていたリィワンであったが、やがて
「……く、くっ、フッフッフ……フハハハハハッ!」
込み上げるように笑い始めた。そして吹っ切れたような表情で出口の扉へ向かいながら、アムリスに告げる。
「そうか。流石に本物の英雄ならば、田舎ヒーローとじゃ役者が違うと……」
「……」
「また来ます。貴女の希望とやらも、今後の楽しみになりました。」
リィワンはそう言うと、部屋から退出した。




