Ep.74 オルデア貧民街での一幕①
時は戻り二日前、森での交戦があった翌日。魔法学園都市として名高いオルデアの外れ、貧民街。その路地裏の奥深く。地下へと続く暗闇の道を進んだその先にあるとあるアジトにて。大きな長机が置かれた会議室のような一室に、ラルカンバラ、リィワン、ドーナをはじめとしたネオワイズ盗賊団の面々が顔を合わせていた。
「団長……」
長机の一番奥、他のものより少し豪華な椅子に座っているラルカンバラは、青い顔をしながら頭を抱えていた。その様子を見た一人の若い女性が心配そうにそう呟いた。
「どうしたのです?ジベット。」
「貴方は黙ってなさい、不良執事。」
ジベットと呼ばれたその女性は、話しかけてきたリィワンを睨みつけながら突き放すように言い放つ。リィワンは怯む様子もなく言い返す。
「貴方のようなぬるま湯育ちのお嬢様がそれを仰りますか……フフ、皮肉なお話で。」
「黙れって、聞こえなかったかしら。」
ジベットにより強く睨まれたリィワンは軽くため息をつき、やれやれと首を振り目線を逸らす。それを隣で見ていたドーナがリィワンに話しかける。
「不良執事って、あながち間違いでもないでしょう。」
「……」
「ほら、そうやって私を無視するのも、不良執事じゃないなら何なのかしら?」
「黙ってろと言われたものでして。」
リィワンは口角と顎を上げながらドーナを嘲るように見下ろし言った。ドーナはムッとした表情でリィワンを睨むが、すぐにラルカンバラの方へと目線を向けて言った。
「で?ああなっているのは何故?」
「亜空間に触れられた、とのことですよ。」
「は?」
ジベットはリィワンの言葉を聞いた瞬間に立ち上がり、リィワンに向かって言った。
「誰ですか!?そんな命知らずのおバカさんは?そもそもそんなこと……一体誰が可能なんです?」
「喧しい娘ですねぇ、そんな高い声でキンキンと……。よくぞまあ他人に偉そうに黙れと言えたものです。」
「なんですって?」
ジベットの眉間にシワが入り、握った拳がわなわなと震える。リィワンは殺気立ち威嚇するジベットを見ても眉ひとつ動かすことなく、机に置かれた紅茶をひとくち飲む。その不遜ともいえる態度が、ジベットの怒りに火をつけた。
「アンタねぇ……昔から気に入らなかったのよ。何?昔好きだった女をいつまでも追っかけて……そのためにウチに属しているなんて、まるで意味がわからないわ!」
「生憎、貴女如きに理解されようとは思っていませんので。」
「死んだ女をいつまでも引きずっている女々しい男……精一杯のハッタリすら滑稽に見えますわよ。」
ジベットの言葉を聞いたリィワンから薄ら笑いがようやく消えた。そのままゆっくり目を瞑ると……拳を一発、ジベットに突き出そうとした。
「何の真似でしょうか……マスクドネビュラ?」
拳はジベットに触れる寸前で、いつの間にやら2人の間に割って入っていたマスクドネビュラによって止められていた。マスクドネビュラはリィワンの問いに答えることはなく、彼を掴む右腕に力を込めていく。
「喧嘩はいけませ〜んって、昔無くした正義感でも戻ってきたのです?」
「……」
「全く……この子の改造、貴方が主導したんでしょう?なんでいいように止められているのよ。」
2人の争いを傍観していたドーナが嫌味っぽく呟く。リィワンはそんな彼女を一瞥することもなくマスクドネビュラの右腕を掴んだ。
「病気持ちなんですから、そろそろ離れてください……『敗黒』なんて厄介なモノ、ごめんですから。」
「『敗黒』……!?アンタ、『敗黒』って言ったの!?」
ジベットはそう言いながら、リィワンとマスクドネビュラから離れるように体と椅子を動かす。マスクドネビュラは無言のまま手を離し、リィワンから離れる。そしてそのまま、元々座っていたドーナの向かいに戻って行った。ドーナはその一連の動きを目で追ってから、リィワンを睨み尋ねる。
「『敗黒』……宿主の体組織の水を奪い、自身がそれに成り代わり増えることで宿主を操る寄生生物による疾病ね。それがなんで彼女にあるのかしら?」
「捕獲時に使ったんです。昔コイツが人間の村をひとつ滅ぼしかけたことがあったんですが、そのときにサンプルを入手しまして。当時仕えていた旦那様とともにいろいろ研究したんです。」
「そ、そんなこと聞いているんじゃないの!」
リィワンは観念したと言わんばかりに口を開き、悪びれる様子もなく語る。ジベットは怯えながら、怒ったような口調でリィワンに言った。
「結局、その敗黒持ちは安全なの!?危険なの!?はっきり言いなさいよ!」
「繁殖を抑制する物質を打ち込んで調整していますから、神経系と目以外に敗黒が現れることはありません。」
「目から外に出たりするじゃない!水に近い構成なんだっていうなら……涙とかも危ないってことでしょう?」
「神経を支配してるって言ったでしょう……そうでなくとも、結界術等で漏れ対策も行ってますよ。彼女のマスクもその一つです。」
リィワンの言葉を聞いたジベットは、マスクドネビュラのマスクをまじまじと見つめている。それを見ていたドーナはあることに気付いたようにリィワンに耳打ちした。
「今の話が本当なら、あのときの……」
「ええ。流石に私も肝を冷やしてましたよ、あのときは……」
リィワンは口元に手をかざし、そこまで言って止めた。ドーナは不思議がるようにリィワンをしばらく見つめていたが、すぐに興味をなくし顔を背けた。




