Ep.70 拗れた三角関係に巻き込まれる方はたまったものではない⑥
ファプレとランは街道を進み、ベルジオ商会へと戻っていた。
「お連れさんは見つかったようですね?」
「まあな。こいつ、冒険者ギルドなんぞに居やがった。」
「……」
ランはファプレに向かって親指を向けながら、ベルジオに告げる。ファプレは俯き目を逸らしている。
「では、こちらへ。」
ベルジオはそう言うと踵を返し、少し奥にある階段を登っていく。ベルジオに着いていくランに少し遅れてファプレが歩いている。ベルジオは3階に到着し部屋の扉を開ける。
「書類を用意しますので、そちらの椅子をご利用ください。」
「ああ。ありがたく使わせて貰うぜ。」
「……その口調、店を出すなら矯正した方がよろしいですよ。」
「生憎、師匠には態度で店を選ぶ客には売らなくていいって教わったもんでね。」
「なるほど、師弟揃ってボンクラと。」
「なんだと!?」
椅子に座ろうとしたランが立ち上がり大声で怒鳴る。ランはベルジオへと掴みかかろうとするが、すんでのところでファプレが割って入り制止する。
「待ちなさい!今ここで暴れたら、この街で魔道具士にはなれなくなるわよ!」
「……」
「ですから……貴方も、その魔法は止めてください。この子には私が伝えますから。」
ファプレは目だけベルジオに向けながらそう言った。ベルジオは臨戦すべく手の上に具現化した魔法陣を消し、ランの様子を見てから踵を返す。
「これからこの街で商売をするのなら、我が商会のやり方に逆らうことは許されません。お連れ様に救われましたね、ラン・オチェルド。」
ベルジオはそう言うと、さらに奥の部屋へと姿を消した。ファプレはランを宥めながら、一緒に椅子へと座った。
「あー、ヒヤヒヤした!」
「何がだよ。」
「何もかもよ!ずっと言ってるでしょ!師匠は魔道具士として一流かもしれないけど、モノの売り方が下手すぎて王都を追い出されたんだから、店を出すなら見習っちゃダメだって!!」
「だったら、そういうお客に合わせるのはオメーに任せるから。それでいいだろ?」
「ダメに決まってるでしょ。」
「なんでだよ。」
ランに問われたファプレは、目を逸らし長考していた。そして言葉をしっかり選ぶように、一つ一つ吐き出すように呟く。
「なんでって……そりゃ、だって、私は……私は、店やんないから。」
「は?」
「だから、店やんないから。」
「……」
ランはあまりの衝撃に絶句していた。同じ師匠に拾われて魔道具精錬を叩き込まれ、ようやく師匠に認められたからには二人で店を作り、自分たちの作品で人々の生活を支えていくものだと……ランだけはそう、考えていたからであった。暫く固まったまま、腹の底でぐるぐると感情が渦巻いている。それを一度全て飲み込んでから、ランは漸く口を開いた。
「だから、冒険者ギルドに?」
「うん。でもそれだけじゃないよ。会いたい人たちもいるんだ。」
「お前を捨てた親どもか?」
ランはファプレを睨みつけながらそう言った。彼女の会いたい人たちという言葉が、剥き出しになったランの不快の神経を爪で少しずつ削りあげるように刺激していく。
「そんな言い方しなくてもよくない?」
「事実だろ。」
一度飲み込んだ怒りが言葉に乗り吐き出される。再び場に沈黙が訪れ、ランは苦々しい表情で舌打ちをした。
「いつから?」
「いつって……最初からって言うべきかしら。師匠の元を離れる日が来ればそうしようかなって、ずっと思ってた。」
「住む場所はどうすんだよ。」
「ランが嫌ならこれから探すわ。」
「……そんなもん、今言われて嫌だっつってもダセエだけじゃねえか。」
「……ごめん、ありがと。」
ファプレの言葉を聞き、ランは大きく伸びをしながら商会の天井を見つめていた。客の来ないこの部屋の天井ですらホコリひとつない手入れの行き届いた部屋を見て、ため息をひとつつく。ファプレはそれを横目に見ながら口を開いた。
「あーっと……その、ごめんついでにさ。実はアンタも冒険者ギルドに登録してあるんだよね。」
「……はぁ!?」
「よ、良かれと思ってのことなのよ!万が一、店がうまくいかなかったときのためにさ。それに登録しておくだけならタダなんだし、アンタの強さなら店がダメでも冒険者として十分食っていけるでしょ!」
「縁起でもねぇ……てかアホか!冒険者なんぞやるつもりはねえぞ!たとえ店が上手くいかなかったとしても、ここで下働きにでも……」
「いやいや、コネ採用なんてしませんよ。」
奥の部屋からベルジオが現れるなりそう言った。紙を数枚持ったベルジオは二人が座った椅子の前にある机の元へ行き、その紙をランに見せるように1枚ずつ並べていく。
「右からそれぞれ、土地の契約書、商人ギルドの契約書、そしてベルジオ商会との契約書です。残りの2枚は領主とギルド向けの紹介状です。契約書はしっかり読んでからサインするようお願いしますね。」
「紹介状?」
「我々の善意ですよ。この街での商売ならベルジオ商会の名前を出すことで不利益を被ることはありませんので。契約の仲介ついでです。」
ランは契約書をじっと読みながら、隣にいるファプレにひそひそ声で話しかける。
「名義、お前も含まれてんだけどどうすんの。」
「冒険者登録する上では問題ないって言われたよ。兼業のために冒険者登録だけする人も居るんだって。」
「ふぅん……」
ランはそれだけいい、全ての契約書に目を通す。そして名前を書き、荷物から印を取り出し捺した。




