Ep.67 拗れた三角関係に巻き込まれる方はたまったものではない③
22年前、ザイリェン近郊の街道にて。大きな荷物を背負いながら歩く青年――ラン・オチェルドとその前を行くロングスカートを履いた緑髪の女性――ファプレ・ノーシスの二人は、ザイリェンに向けて歩いていた。
「ラン、はやく来なさいよー!」
「全く、少しぐらい荷物持ってくれよ……!」
「これも修行って言い始めたの、アンタじゃんか。」
「だけど限度ってもんが……」
「はいはーい。知りませぇん。」
ランの訴えを聞こえないといったふうに無視をし、さらに道を進んでいくファプレ。ランは置いてけぼりにされまいと歯を食いしばりながら必死に走って彼女に追いつく。
「くっそ、無駄に走らせんなよ!」
「やればできるじゃん。」
「うるせぇ!」
ランの怒号が響く。ファプレは苦い顔をしながら耳をふさぎ彼に背中を向けると、口元を少し緩ませて微笑んだ。そのままランの方に顔だけ向けて、ファプレは言った。
「どうすんの?休憩する?」
「……別に、いい。」
ランは肩を上下させ、照れて目を逸らしながら言った。
「全く、なんでそんなに強がっちゃうのかしらね?」
「強がってないけど。」
「いやいやいやいや。」
「強がってないって!!」
ランが再び大きな声を出した瞬間、
「後ろ!!!」
彼の背後に、熊のような魔物が現れた。街道の周りに広がる森からはぐれた個体が、ランの声に反応し誘き寄せられたのである。ランは重心を下ろしながら素早く振り返り、巨大な手を振り上げている熊の隙をついて回し蹴りをかます。熊は数メートル後方に吹き飛び、森の木を薙ぎ倒しながら倒れる。
「んで、誰が強がってるって?」
「ほへぇ……」
したり顔をしながら荷物を下ろすラン。彼は荷物の口を開くと中をゴソゴソとまさぐった。ファプレはそんなランを見ながら感心したように呟いた。
「やっぱりアンタって強いんだねぇ。」
「やっぱりってなんだ。毎日のように『魔道具の試し斬りだー!』とか言いながら斬りかかってくるのを返り討ちにしてやってんだから、お前の方がよく知ってるだろ。」
「うるさいわねぇ……」
「反省しろよな、全く……ほら。」
ランはそう言って大きな荷物から引っ張り出した小さな袋をファプレに突き出す。ファプレはその小袋をキャッチし、不機嫌そうな顔でランを見つめる。
「持つって言ってたのに……」
「テメーの魔道具くらいは持ちやがれ。魔王が斃れたとはいえこんなふうにいつ魔物に襲われるかわからねえんだ。」
「はいはい。わかってますぅ。」
ランに窘められたファプレはぷくっと頬を膨らませながら、小さな袋から刀の柄を取り出す。そのまま魔力を手に集中させながら柄を握ると、空気中の水蒸気がピシピシと音を立てながら刀身を形作っていく。ランはその様子を見ながら、下唇を強く噛み締め、荷物を背負って言った。
「……とっとと、行こうぜ。」
「えっ、ちょっと!待ちなさいよ!」
先程までとはうってかわり、先を往くランをファプレが追いかける。街道沿いを二人が歩いていくと、やがてザイリェンの街を囲う柵が見え始めた。
「やっと着いたみたいねぇ。」
「ああ……」
ランはファプレの言葉に生返事をし、街の方を遠い目で見つめていた。
(ようやく、俺は魔道具士としての第一歩を踏み出せる。ようやく、俺の店が持てる!そこから俺の作品で名を上げて、最高の魔道具士になってやるんだ……!)
長年の夢を前にし、込み上げる実感がランを身震いさせる。思わず零れたランの笑みを見たファプレはギョッとした顔でランを問い質す。
「アンタ、変な妄想してるでしょ。」
「していない。断じて。」
「ウソ!絶対してる!そういう顔だったもの!」
「どういう意味だよ!」
「あ、わかった!アンタ、ここで可愛い娘見つけてアレやコレやしようって考えてるんでしょ!」
「違う。」
「アンタねぇ。チェリエスで浮ついた話がなかったからって、こっちだとモテるかもなんて思ってるなら大間違いだからね!」
「やかましい!違うって言っているだろう、しつこい奴め!」
チェリエスとは二人が育った街の名前である。俗称として海洋国と呼ばれている街だが、特に独立国家として自治しているわけではない。その名の通り、巨大な海に面した港町である。
ファプレの弄りに怒りを露わにするラン。彼はそれまでの憧憬と希望に満ちた心を砕かれたかのように、大きなため息をついた。そしてそのまま、ザイリェンへと再び歩を進めていく。
やがて柵に辿り着き、二人は番をしている兵士に通行証を見せ、ザイリェンの街へと足を踏み入れる。数年前の魔族との戦争の最前線であったこともあり、まだまだ立て直しの途中であるということを示すものが散見されるものの、重要な拠点らしき建物はきちんと残っていた。ファプレは興味深そうに辺りを見回しながらランに尋ねる。
「ちょっとラン。次はどこにいけばいいのかしら?」
「この街道をまっすぐ進んで行けばいい。その先にこの街で世話になる商会があるから。」
「オッケー。」
ファプレはそういうと、入口から奥に伸びている大きな街道をダッシュで駆けていく。あっという間に見えなくなった背中に、ランは盛大にため息をついた。




