Ep.63 望まぬ才は刃を侵す猛毒となる⑪
冒険者ギルドの訓練場、その中央に位置する円形の武舞台のど真ん中で、私は地面を這っていた。そしてうつ伏せの私の肩に刀を突き立てる者がいた。
「ぐぅあっ」
「これで、27回目だ……どうした?擬似妖羽化とは、そんなものか?」
私はここまで一度も、ランを殺せないでいた……否、それどころかダメージになるような有効打すら一撃も与えられないでいた。予め魔道具に用意していた身体強化などの汎用魔法を使っても、拳は届かなかった。
「どう……して……?」
「ん?」
「貴方は……少なくとも力を隠している今だけなら、私の方が速く動いているはずなのに……」
実際、ここまで私をノックアウトした27の攻撃の中には、見切ることすら不可能な攻撃はひとつもなかった。ランの技の発生を察知し回避すべく足に力を込めた次の瞬間には、刀が既に振り下ろされているのである。擬似妖羽化によって高速化した身体感覚が引き起こしているはずの、視覚情報のスローモーション化に私までもが取り込まれたかのように、ランの攻撃に対応する私の動きはまるで過剰な重力に晒されたかのように鈍重となっていた。
ランは刀を引き抜き、私の上から離れながら口を開く。私は立ち上がりながら耳を傾けた。
「そこまで不思議なことか?隙だらけの人間の隙を突いて攻撃してるだけのことが。」
「隙だらけ……!?」
「ああ。そりゃもう、体捌きも足運びもガッタガタ。速く動くだけの的なら、こちらが速く動く必要はねえからな。」
ランはやれやれと呆れた表情でそう解説する。しかし私は彼の言うことを信用できずにいた。
「ただ隙を突かれただけであんなに動けなくなるの?あんな……急に体が重くなるなんて……」
「まさか、俺がそういう魔法を扱うとでも疑っているのか?」
「……」
私は戸惑いながらゆっくりと頷いた。しかし、本当に魔法を使っているのなら私が魔力を察知できないはずがない……私は、その体の重さが魔法によるものでないことを分かっていたにもかかわらず、縦に頷いたのであった。
「全く……もっと楽しめる相手だと思ったんだが、拍子抜けだな。」
一瞬、ランは悲しそうな目をした。しかしすぐに切り替え、刀をゆっくり構え直し突撃する。
武舞台の周りを囲む客席で、この模擬戦を険しい表情で見下ろす女がいた。女――アルマスト・フォーゲルはきたるべき作戦に向けてルリの実力を精確に見定めなければならず、それがひとつの悲しい結論に辿り着くのかもしれないとそう予感しながら、唇を噛み締めていた。
「虚、ですよ。」
「……」
アルマストの隣に細身の男が立つ。男――オリオン・ベルジオは彼の妻だった女性の写真を両手で抱えながら、アルマストをじっと見下ろしていた。アルマストは彼を一瞥することもなく、ルリの模擬戦を見続けていた。
「お隣、宜しくて?冒険者ギルドのギルドマスター様?」
「……どうぞ、ご勝手に。ですが喋るときは貴方の口調で喋ってください。ベルジオのオーナー様。」
「それは、冒険者だった私への命令かしら?」
「違います。私の命令は真に重要な局面のためのものです。この場で冒険者ファプレ・ノーシスに命令すべきことはございませんので。」
「もう、つれないのねぇ。」
オリオン・ベルジオはそう言うと、アルマストの隣に腰を下ろしパチンと手を叩く。そして低い声で再びアルマストへと話しかける。
「では先程の続きを……失礼します。」
「……」
「確かにルリさんはあの姿になったことで凄まじいスピードを手にしました。Dランク冒険者はおろか、この街に登録されている全冒険者の中でも彼女の速さに対応できる者は既にひと握りでしょう。」
「……私がラン・オチェルドを対戦相手として呼んだのはそのひと握りとして、と言いたいのかしら?」
「もっと先の話ですよ。そのひと握りにしか感じとれない感覚の話です。」
ベルジオはそう言うと、神妙な面持ちで武舞台を見下ろしながら両肘をつき手の甲に顎を乗せる。
「それが、虚です。」
「虚……」
「虚とは、意識そのものの隙です。我々は普段意識を連続的に認知していますが、実際には隙間があって非連続的なものなんですよ。そうしないと人間の脳は簡単に処理限界に陥って意識が焼き切れますから。」
「つまり、ランの言う隙と言うのは……」
「ええ。虚のことです。恐ろしい話ですよ……アイツはこれを感覚的に認知して、恐ろしいほどの洞察力で確実に突き崩して来るんですから。」
「……」
「ですが、ルリさんも少しずつ虚に気付き始めています。凄まじいスピードを手にし引き伸ばされた時間感覚の中で意識を知覚することで……スピードでは説明できない時間の矛盾に自力で触れています。もう少し、もう少しなんですが……」
ベルジオはそういうと、歯をギシリと鳴らし悔しそうに眉を顰める。その様子を横目で見たアルマストはため息をつきながら尋ねる。
「貴方、どちらの応援をしているの?」
「愚問ですよ。私は常に、才能で輝く星々の味方です。」
クサいセリフにまるで照れる様子もなく、ベルジオはそう言ってアルマストに笑顔を向ける。アルマストは聞こえなかったフリをして再び武舞台を見下ろした。




