Ep.4 鷹が鳶を生んじゃうことだってよくある④
ソイルバートの教会内部、綺麗なステンドグラスをあしらった窓からさす光が、少し高いところにあるステージを美しく照らしている。ステージの右側には奥に続く扉が置いてある。手前には礼拝に来た村人が座るための長椅子が並んでおり、マルキスは私たちをそこに座らせるよう促し、ステージ横の扉から奥へと入っていった。
「皆様、お待たせしました。」
マルキスがそう言って扉から現れる。腕で抱えていた魔道具らしきものを近くのテーブルに置き、そのテーブルを私たちの前へ転がして運んだ。円柱の上に半円形のドームを置いたような作りの魔道具で、魔力回路も通した魔力をドーム部分から出力するような作りになっている。ドーム部分の出力機構は前世で見覚えがあり、まるで……
「プロジェクター……みたいだな。」
「プロジェクター?なんですかそれは。」
「あ、ああいや、昔見た魔道具みたいなもので……。起きていることを映像……あー、視覚情報で記憶して、いつでも見ることができるんだ。」
私の苦しい解説に、マルキスは驚き目を大きく見開いた。
「ぐ、偶然ですね……この魔道具も全く同じ効果です。どうしてお分かりに?」
「あー……私、魔力回路が見えるんですよ。それで……」
「魔力回路が見える!?なんですかそれ、女王陛下以外にもそんな人間がいたんですか!?」
「女王様……ってギルドマスターの母親のこと?」
「ギルドマスター……ああ、ザイリェンの冒険者ギルドはアルマスト殿下がいらっしゃるのか。」
「あってるよ、ルリ。ギルドマスターのお母さん……アドネリア女王陛下には、魔力に色がついたように見える特異体質があるんだって。」
マルキスと私に割って入るように説明したレイズに、私は目でお礼を伝える。魔力が色で見える特異体質……確かに、私と似たような能力だ。しかしわざわざ『色』で表現している以上、恐らく魔力の性質によって見え方が異なるのだろう。私はあくまで魔力そのものと流れが見えているだけなので、女王様の特異体質やらとは似て非なるものだと思う。そんなことをぶつぶつと考えていると、マルキスが咳払いを一つし、プロジェクターの魔道具を持ちながら再び口を開く。
「話が逸れましたね……月光狼についてです。こちらをご覧ください。」
マルキスはそう言ってプロジェクターの魔道具に魔力を込め、映像を展開する。恐らくこういう魔道具に見覚えのないレイズ、リッサ、ルガルが言葉を失っている。あんぐりと口を開けたレイズがそのまま私の方へと向きながら、なんとか口をぱくぱくとしながら尋ねる。
「な……なに、これ……?なんか出てきた……?」
「あー、知らないとそういうリアクションになるわよね。」
「こちらがソイルバート周辺地図です。真ん中の家の絵のところがソイルバートですね。ザイリェンはここから東にずーっと行った先です。」
マルキスはそう言いながら、地図上の家のマークからすっと地図の外まで指を右に動かした。どうやら東西南北の感覚は同じようだ……と考えながらふと地図に目を落とすと、ソイルバートの北西部に狼のような絵が三つ、それをぐるりと囲った丸が印象に残った。マルキスがその丸を指でぐるりとなぞりながら語る。
「ここが、月光狼の住処です。」
「つまり、私たちはここに行って魔物を討伐すればいいってこと?」
「いえ、ルリさん。今回討伐して欲しい月光狼はここにはいません。本来の月光狼は日中の凶暴化においてもここから大きく動くことはないです。なので周辺の集落への影響もさほど大きくなく、凶暴化した個体を間引く程度で良かったんです。」
「今回はそうじゃないと?」
「この地より南に離れた地点で凶暴化した月光狼が見つかりまして……」
マルキスがプロジェクターの魔道具に魔力を込める。すると〇が描かれた地点から南方向に10個ほど、赤いバツ印が浮かび上がった。
「このバツ印が、月光狼の目撃情報をまとめたものです。」
「確かに、不自然なまでに南に集中してるわね……。」
「ルリ、これだとまるで元の生息地から動いてるように見える。」
「確かに、ルガルの言う通り……まさか!?」
「ルー君の言う通りです。人をやり調べてみたところ、元の生息地はもぬけの殻で……南方のこの辺りで南下する狼の群れを発見しました。」
マルキスはソイルバートの南西の辺りを指さしながら、そう言葉を進める。
「そもそも月光狼の凶暴化の原因の九割はストレスによるものです。もちろん環境の変化もストレスの一因になるので、このように住処を変えることもほとんどありません。この移動の原因については現在調査中ですが……目下問題はそれ以上に、『落ちこぼれた月光狼の凶暴化』です。」
「なるほど……移動についていけない個体が途中で脱落し、移動と孤独のストレスで凶暴化していると。それがこの赤いバツってことね。」
「はい。それによりこの南西の集落が襲われてしまう事件が激増し、そちらの対応と調査を並行して行っていたんですが……」
「調査が進まない……だから冒険者に"対応"を依頼したと。」
「話が早くて助かります、ルリさん。レイズさんたちもよろしいでしょうか?」
マルキスの言葉に、レイズ達はこくりと頷いた。マルキスは魔道具を停止させると、そのまま裏へと戻って行った。