Ep.57 望まぬ才は刃を侵す猛毒となる⑤
ランによるルリの監禁から一夜明けた。アルマストはズキズキと痛む頭を手で押さえながら冒険者ギルドへと向かっていた。
「だから、武器屋か雑貨屋で何とかしなさいって言ったつもりなんだけどなぁ……」
「あれ、ギルドマスター。」
アルマストが自身を呼ぶ声に反応し正面の様子を窺う。鍵のかかっているギルドの家屋の前で、リッサが一人で立っていた。アルマストは日の出と共に屋敷を出ているので、リッサがギルドに来るには早すぎる時間である……そう訝しみながら、アルマストはリッサに応答する。
「今日は一人?」
「え……うん、まあ。ルリの模擬戦が見たくて早起きしちゃった。」
「模擬戦は正午からなのに、こんな時間に髪もきちんとまとめてここに来るなんて……そもそもきちんと眠れたのかしら?」
「は、あはは……」
アルマストはやれやれとため息をつきながら、ギルドのドアの鍵を開いた。
「入りなさい。ホットミルクとハチミツでいいかしら?」
「わぁい!ギルドマスター、太っ腹〜。」
「……引っかかる言い方ね。」
アルマストはそう言い、カウンターの奥の方へ消えていく。リッサは入り口付近の椅子に座ってアルマストを待つ。しばらくして、アルマストが建物の奥から戻り姿を現す。右手にはミルクの入ったマグカップとハチミツ入りの瓶とスプーンを乗せたお盆を持ち、左手には薄手の毛布を抱えていた。
「ルリが来たら起こすから、それ飲んで落ち着いたら少し寝なさい。貴女もCランクに昇格した以上、不用意にパフォーマンスを低下させるようなことは許しません。」
「はぁい、分かりましたぁ。」
リッサは不機嫌さをアピールするように、口を尖らせわざとらしく間延びした言い方で返事をする。そのままマグカップと瓶を受け取り、ハチミツをひと掬いミルクへと垂らしグルグルと混ぜる。アルマストに見せつけるように過剰なほどミルクをかき混ぜながら、リッサはアルマストの様子を窺うべく目線をちらりと上げる。アルマストは無言でリッサを見つめていた。
「上がんないの?お仕事は?」
「貴女を一人放置させて上がれるわけないでしょう。他の職員が来るまでここにいますよ……何か不都合があるのかしら?」
「……別に。聞いてみただけじゃん。」
リッサはそう言うとマグカップに口をつけてごくごくとミルクを飲み始める。アルマストは懐から通信用の魔道具を取り出し、どこかへと通話を試みるべく操作する。
「ルリに繋げるの?」
「正確にはルリさんの行き先ね……昨日から全然繋がんない、本当に大丈夫なのかしら。」
「行き先が分かってるなら、そこに向かえばいいじゃない。」
「……ええ、そうね。通信が繋がらなくなるって分かっていたなら初めからそうすれば良かったのかもしれないわね。」
アルマストは悲しげな顔をしながら、魔道具を操作し続ける。リッサはじっとアルマストの顔を見つめながら、退屈そうな表情でミルクを少しずつ飲み進める。
「……ルガル君奪還作戦のために必要な戦力とはいえ、こんなルリさんを人質にするような真似をするべきではなかったかもしれない。」
「そこまでの人なの?その、ランって人は。」
「……」
アルマストは黙って頷いた。リッサはコトリとマグカップを机に置き、真剣な表情でアルマストの顔を見ている。そこへ、
「おはようございまぁす。」
女性の受付スタッフが、欠伸をしながら建物に入った。アルマストはそのスタッフを見つめて言う。
「ちょっと、いいかしら?」
「え?」
「私は上に戻るから、この子の様子を見ておいてちょうだい。」
「え、でも……」
「窓口の準備も私が進めておくから。頼んだわよ。」
「えぇ!?ちょっと!!」
アルマストはそう言い残し、奥の階段をのぼっていった。リッサと共に取り残された女性スタッフはあわあわと困った顔をしながら辺りを見回し、どうにもならないことを悟りリッサの隣へと座った。その目の前には飲みかけのリッサのミルクとハチミツの入った瓶が置かれている。女性スタッフが片付けるべくハチミツの瓶へと手を伸ばすと、
「痛ぁっ!」
隣のリッサからのチョップを受けてしまった。
「だめ!」
リッサは彼女を睨みつけながらハチミツの瓶を素早く回収し、女性スタッフが座る側とは反対方向に移動させる。女性スタッフはチョップを受けた手の甲を擦りながら、
「なんで、私がこんな……」
と涙声で呟いた。




