Ep.54 望まぬ才は刃を侵す猛毒となる②
ベルジオ商会から伸びる大通りを道なりに歩くこと15分。私とベルジオは陰鬱とした外装の怪しい店の前に立っていた。
「さ、着いたぞ。」
「見るからに怪しい店ね……」
お店の入口付近の棚には乱雑に魔道具が置かれている。どれもあのナイフよりは少々劣るくらいの性能の道具だが、とはいえこんな盗られても仕方ないくらい無防備に置かれる程のものではない。それに商品のはずなのにそのどれにも値札が付いておらず、ベルジオの言葉がなければここが目的地だと分からなかっただろう。
「おーい!ラン!起きてるか?」
そう言いながら店に入るベルジオ。私は慌ててその後を追いかける。
店内の様子は良くも悪くも想像通りのものだった。3m程ある大きな棚が客の動線を阻害するように、いわばテキトーに置かれている。棚以外の家具や飾りも背の高いものが多く、光量の少ない照明も相まっておどろおどろしい森に住む魔女の家のような、無駄に暗く重い空気を醸し出していた。
「ホントに、ここで合ってるの?」
「置いてある魔道具の質はホンモノだろう?」
ベルジオの答えになってない回答に促され、私は近くにあった魔道具の刀を手に取る。確かに吸い付くような柄の感触、鞘を滑る刃の音、蒼く煌めく等身とその内部に張り巡らされている緻密な魔力回路……そのどれもが、惚れ惚れするほど完成度の高いものであった。店頭に置かれているものはおろか、今まで使っていたナイフすらも比べものにはならないほど。あのナイフが5000ルペアだったなら……と私は刀を収め、貨幣の入った麻袋を開く。
「……私、9000ルペア以上は出せないのだけど。」
とそう呟きながら再び刀の置かれた棚を見る。そこには店頭の魔道具と同じように値札がなかった。私は慌てて辺りの棚の魔道具を見渡すが、値札が置いてあるものはひとつもない。私はそうして、足元にあるモノに気付く。
「うげっ!!」
そこには魔道具が散らかっていた。捨てられた失敗作……にしてはナイフと同程度のクオリティがあり、売り物にしてはあまりにも乱雑な扱いをされているその魔道具を拾うと、ベルジオはニコリと笑い言った。
「ちなみにソレも売り物ですよ。ランにはもう何度も売り物の扱いには気をつけてくださいって言っているんですがねぇ……。」
「やっぱり、そうなのねぇ……」
アルマストやベルジオが渋っていた理由に少しずつ納得しながら、私は引きつった表情で笑った。ベルジオはふぅとため息をひとつついて店内に響くように言った。
「ラン!!客だぞ!いい加減出てこんか!!」
「きゃ、客ぅ!?へい!今行きますんでぇ!!」
途端に、2階からドタドタと大きな足音が響き渡る。真上から聞こえた足音は店の奥の方へと遠ざかり、やがて少しずつ高さが低くなっていき……巨大なものが転がり落ちるような音が、今日イチの音量で轟いた。
「痛って!!痛ってええ!!!」
「何やってんだあいつは……」
ベルジオは心底呆れたような口調で呟き、音源の元へと近付く。私もそれを追いかけて進むと、そこには筋骨隆々の雄々しい肉体を強調するようなタンクトップを着た黄色い短髪の大男が、2m以上はゆうにあるその巨体をゴロゴロと動かしながら悲鳴をあげていた。
「な、なんでぇ!客って、ベルジオのおかま野郎かよ。」
「おかまではない断じて。そして客でもないぞ。」
「ん?ああ、そっちのお嬢ちゃんか、武器が欲しいのは。」
「え?私武器って言ったっけ?」
「いやぁ?ベルジオがアポなしで来るときは仕事の用事じゃねえし、そんでその服装やら持ち物やらでなんとなく冒険者かなって思っただけさぁ。最近も冒険者向けにナイフ売ったからね。」
ランと呼ばれた大男はそう言いながら起き上がり、胡座をかいてポリポリと頭を掻きながら言った。
「それで、何をいくらで売って欲しいんだ?」
「は?」
「は?って言われても、アンタは武器を買いに来ているんだろ?アンタは俺の作品を買うためにいくら出せんだよって聞いてんだ。」
ランの目の色が変わる。私がチラリとベルジオの方を見ると、ベルジオは手を目元に当てながら天を仰いでいる。私はそれを苦笑いで見ながら、今朝の渋るアルマストの顔を思い出していた。
「それで、値札が一切置かれてないのね。」
「ああ。俺が作った魔道具をあんたら客が値踏みして決めんだ。とはいえ、納得のいかん値段ならこっちから断るがな。」
「そ、そんな横暴な……」
「はぁ?お前何勘違いしてんだよ!人聞きの悪い!」
「うぅっ!!」
ランが立ち上がって怒鳴る。その体躯に勝るとも劣らない声量の怒号は、私に耳鳴りと共にめまいを引き起こした。
「そもそも、アンタが俺の魔道具を選んだんじゃねぇ。俺がアンタって客を選んでんだ。」
「……は?」
「俺は誰彼構わず魔道具を売ってやるつもりはないんでな、店に来る連中をまず見極めてんだ。俺の道具を使うに値しない連中はとっとと帰らせる、俺に選ばれた客だけが魔道具を買うための次のステップに進むことを許されるんだ。」
……ダメだ、何言ってんのかさっっっぱり分からない。というか、そんな横暴なーって言ったはずなのにさらにとんでもない暴挙をカミングアウトされて、頭ん中訳わかんなくなってきてる。
「……その次のステップって、何よ。」
「当然、客の審美眼だ。正しいものを正しく評価できるかを説明していただくのだよ。俺の見立ては正しかったのか、その答え合わせをそこでするのさ!正しければお買上げ、正しくなければ交渉決裂……さてアンタは、いったい何を!いくらで!買いたいのかね?」
「あ……え……」
ランはそう言いながら私に詰め寄り、圧をかける。脳内が混乱したまま慌てる私の前に、ベルジオが庇い立てするように割って入る。
「まったく、お客様は神様だって私言ったと思うけど。」
「神かどうかは俺が決めるさ。それに俺が決めた神なら、俺の作品も正しく評価してくれるからな。」
「そんな屁理屈……だいたい、ルリさんが困って……」
「ルリだって!?」
ランは私の名前に反応すると、いきり立ってベルジオを押し退け私の肩を掴んだ。
「お前、アイバラ・ルリなのか!?」
「え、えぇ……そうだけど。」
「そうかそうか……お前がアイバラ・ルリか!!おもしれぇ!ハーッハッハッハ!!」
ひとりで勝手に面白くなっているランを冷めた目で見るベルジオと私。ランは一頻り笑い終わると再び私の目を見ながら、
「今からお前の魔道具を生み出してやるよ。一人で着いてこい。」
そう言い、踵を返した。




