Ep.48 ビターテイストな一杯②
レイズが馬車から出てから10分ほど経った頃、アルマストが馬車の扉を開け中に入ってきた。
「随分、レイズに怒られたそうね。」
「……ええ。」
レイズが置いていったお茶を飲む手を止め、私はアルマストの方へと身体を向ける。アルマストは窘めるような目線で私を見つめて言う。
「安静にしなさいって言われたんじゃないかしら?」
「そうだけど、報告は別でしょ。」
「……」
アルマストはあからさまに私を無視し、傍らから書類の山を取り出して見せつけるように置いた。そのまま私に背を向けて腰を下ろし、書類を読み始める。その直後、馬車がゆっくりと移動を始めた。
「なんでこんなところで事務作業なんておっぱじめるのよ。」
「今日中に終えなきゃいけない仕事が溜まってるっていうのに、どこかの誰かさんが無謀な戦いをしてるからって緊急で救援に駆けつけざるを得なかったからですけど?」
「む、無謀って、私は……」
「あー忙しい忙しい!忙しすぎて報告なんて聞いている余裕ないわー!大変大変!」
「あ、アンタ……」
わざとらしく肩を押さえたり首をぐるりと回したりするアルマストにドン引きしながら、私はもう片方――ラズベリィの方へと首を向ける。彼女はすでにお茶を飲み干し、寝息を立てて眠っていた。
「ほんっと忙しい!今なら何を言われても聞き流して忘れてしまうかもねぇ。そんな状況じゃやっぱり報告なんて聞けないわぁ。」
「……」
私は観念し、ため息をひとつつき呟く。
「ムカついたんだ。自分の力の無さと覚悟の遅さに。」
「……」
「王都でも今日の遺跡でも、目の前で人が死んでそれでも見てるだけって状況が嫌でさ。魔力が見えるだけでイキってた自分がバカみたいじゃんって。そのとき……私は本当にこれまでやれるだけのことをやったのかって思って、ここで逃げて本当にいいのかって感じたんだ。」
「……はぁ。」
「それで……ああ、私はまだ、ここで冒険者として本気で生きぬく覚悟をしてなかったんだなって気付いた。ここから逃げたらもう、私が本気で生きるチャンスはないんじゃないかって……そう感じた。でもそれは私のエゴで、そんなものにあの二人を巻き込むのは良くないんじゃないかって思ったから突き放したんだ。」
私は仰向けになって天井を見つめながら、独り言のつもりでそう語った。別に答えを求めていたわけではない。評価して欲しいわけでもない。ただそこにたまたまアルマストがいるだけで、それ以上でもそれ以下でもない……そういうつもりで、私は慣れないながら心持ちを吐露していた。アルマストは書類を読む手を止めなかったが、大きく息を吸い込んでゆっくりと口を開いた。
「パーティーって、エゴの巻き込み合いですよ。所詮。」
「……ちゃんと聞いてるじゃない。」
「たまたま同じ方向を向いていた冒険者が、お互い利用するためにパーティーを組むんです。それは25年前の魔王討伐パーティーだって同じことだったんです。」
「魔王討伐パーティー、か……」
「ガステイルさんは、あくまで生き別れた兄弟を探すことが目的だったそうですし、それが魔王討伐まで付き合う羽目になるんですから、分からないものですよ。」
「……」
「レイズはそれが分かっているから、ルリが自分のエゴに巻き込めないって考えていることがショックだったんです。それはパーティーとして自分は信頼されていないと言われているとも同義ですから。」
「……そっか。それは確かに、悪かったなぁ。」
アルマストはそれだけ言うと、書類をトントンと地面に当てて揃えて傍らに置いた。そして顔だけこちらに向けて再び口を開いた。
「ルリさんがBランクになる前に……きちんとこうして、冒険者のランクアップの重みを思い知っていただけたみたいで良かったです。こう言ってはなんですがね。」
「エイラさんの犠牲は大きいと思うけどね。」
「当然です。ですが、ランクアップの認識が軽いまま進むと今度は貴女が彼女の二の舞となっていたでしょう。精神の成長を置き去りにした最速のランクアップに、意味なんてなかったんです。」
アルマストの言葉はいつの間にか、彼女自身に言い聞かせるような口調に変化していた。すると、
「みんな、あの時は強い冒険者が一人でも多く必要だと思ってた。だから、特定の誰かを責めたって仕方ない。」
隣で眠っていたラズベリィがいつの間にか目を覚ましていたようで、そう言った。私はふと気になったことを思い出し、ラズベリィに尋ねた。
「そういえばラズベリィのランクって……?」
「E!」
「つまり、エイラさんの1つ下か。」
「あれは天才。比べたって仕方ない……あの時冒険者を辞めてなければ、そう簡単に命は落とさなかったはず。」
「簡単にって……」
「いいえ、ラズベリィの言う通りです。それだけの才だったんです。ですからもう、そんなことは起こさせないと私は決めたんです。なので、今回のランクアップの件も厳正に審査しますので、そのつもりでいてください。」
アルマストは神妙な表情で私に告げ、再び書類仕事に戻る。私はどこか晴れぬ感情を抱えたまま、ゆっくりと眠りに落ちた。




