Ep.3 鷹が鳶を生んじゃうことだってよくある③
アルマストの説教が終わって数時間が経った。私はレイズ達の実力を見定めるため、簡単な依頼を受けてみようと提案した。それに賛成したレイズがあっという間に依頼の手続きを片付けてしまい、今は馬車でザイリェン郊外に来ている。転移してきた場所と似たような景色がずっと続いていた。
「初実戦……ね。」
私はふうと大きく息をつき、胸に手を当てる。向かいに座りそれぞれ武器の状態を確認しているリッサとルガルを見つめながら、私は神妙な面持ちで外の景色を眺めていた。
(人間相手の喧嘩ならいざしらず、相手は野生……それも、地球の動物とは戦闘力がまるで違う、異世界の魔物……。)
私は緊張のあまり固唾を飲み込む。すると隣にいたレイズが私の肩をポンと叩く。
「レイズ?」
「大丈夫だよルリ。リッサもルガルももちろんボクも、月光狼くらいなら楽に倒せるからさ。だからゆっくりして見ててくれよ。」
月光狼とは本来夜行性の狼の魔物だが、稀に凶暴化して日中に行動する。とはいえ討伐の難易度は低く、毛皮が温度変化に強い服の素材になることから、駆け出し冒険者の腕試しとしてよく狩られる存在である……と、レイズ達に事前に聞かされていた。
「そうは言われても、心配なものは心配だよ。」
「もー、そこは信用して欲しいんだけどなぁ。」
レイズは私の言葉にぷくっと頬を膨らませ拗ねる。
「いや、別にそういう意味で言ったわけじゃ……」
「冗談。さっきギルドマスターから魔道具を渡されてるでしょ。」
「あ、そうだね。」
私はそう言って、懐から短剣型の魔道具を取り出す。一見何の変哲もないナイフに過ぎないが、内部には魔力の通り道がびっしりと詰められている。その通り道には魔法を発動する仕掛けが何個か挟まれているようで、魔力をどこに流し込むかで発動する魔法が異なる……とアルマストは言っていた。いくつかの仕掛けは出発する前に軽く魔力を通して効果を確認しておいたので、不意打ち程度なら対処できるとは思う。私は魔道具を仕舞い、ふぅと大きく息を吐いて天井を見上げる。その様子を見ていたレイズが、不思議そうな顔で尋ねた。
「どうしたの?」
「いや、なんでもないよ。」
「……元の世界が恋しいとか?」
「そんなことはないけど……まあ、そんなとこかな。」
「なにそれ、意味わかんない。」
「……まあ、いつかきっと話すかもしれないから。」
「話すつもりがないことはわかったよ。」
レイズが苦笑し、私はクスリと微笑んだ。そんなやり取りをしているうちに、今回の目的地である郊外の村・ソイルバートに到着した。レイズ達に続いて馬車を降りると、甲冑を身につけた男が数人、私たちを出迎えた。
「この度はザイリェンよりご足労いただき、ありがとうございます。私はソイルバート担当の聖騎士、マルキス・ミレアと申します。」
そう言って、マルキスは兜を外す。後ろで束ねたブロンドの長髪に青く澄んだ大きな瞳、見た人全てが心を奪われるほどの整った顔立ちに、極めつけは物語に出てくる妖精のような長く尖った耳。その美貌とは似ても似つかない役職に、私は思わず声を漏らした。
「聖騎士?」
「王国正教に仕える騎士さんのことだよ。ルリは見るの初めて?」
「まあ、あまり馴染みは無かったかな……ところで、その王国正教の聖騎士さんがなぜここに?」
「正教は人間領の各地に聖騎士を派遣しているんですよ。戦争時は連絡及び各町村の連携強化などの役割を担っていましたが、今はもっぱら治安維持が目的ですね。」
「へぇー……てっきり、信徒増加とかそういう目的なのかと思った。」
「はは、まあ、それもないと言えば嘘になりますが……正教ほど規模が大きく名声のある宗教もありませんし、あくまでついでにすぎないですね。」
そんなことを話しながら歩いていると、小さな教会に到着した。マルキスがその教会を見上げ、私たちの方に向き直り口を開く。
「休憩が必要でしたら、ここと隣の建物をご自由にお使いください。あ、馬車はこちらに……ついてきてください。」
「あ、ありがとうございます。」
マルキスは馬車を連れて隣の建物へと向かった。私は教会の中へ向かいながら、レイズに小声で話しかける。
「……あれ、エルフ?」
「……多分、そうだと思う。」
「この世界にエルフっているの?」
「いるけど、森の中に国を作って暮らしてるはずだから、ボクも聖騎士のエルフは初めて見た。」
「マーク兄はハーフだよ、エルフと人間の。」
唐突に下の方から声が聞こえた。私たちは驚きをなんとか押し殺しながら、声の主――ルガルを見下ろし尋ねる。
「マーク兄?」
「うん。あの人のこと。」
「ルガルは知り合いなの?」
「うん。パパがマーク兄の両親の友達……仲間?らしい。昔いっぱい遊んでくれた。」
「パパって……魔王を倒した人だよね、まさか!」
「そうだよ。マーク兄のパパがその時の魔法使いのエルフで、ママがアタラクシアの聖女様。」
「せ、聖女様っ!?」
レイズが驚き腰を抜かす。そこへ戻ってきたマルキスがルガルの背後に立ち、そっと口を手のひらで包み込む。
「もご!?」
「ルーくん。あんまり人に話しちゃダメでしょ。聞こえてたよ、全部。」
「ぜ、全部!?」
「はい。エルフの血のおかげで、耳はちょっと良いんです。なので……皆さん、このことはくれぐれもご内密に……。」
マルキスは妖しく微笑みながら口元に人差し指をそっと当てる。私たちはその色気と威圧感に押し黙るほかなく、冷や汗を流しながらこくりと頷いた。マルキスはその様子を見留めると、一瞬悲しそうに目を伏せ踵を返し、教会へと入っていった。