Ep.44 Bランク昇格への試練⑨
私は一瞬で飛竜の眼前に接近し、鼻先を蹴りつける。硬い鱗の衝撃が右足を走る。しかし攻撃はしっかり通っているようで、飛竜はバランスを大きく崩した。
「伏せて!!」
少女の声に合わせ、私は着地した瞬間その場にしゃがむ。すると頭の上を巨大な鉄塊が通過し、飛竜の皮膚を斬り裂いた。
「竜の皮膚を斬った……!?」
「まずは竜を倒す。あんたが崩して、我が斬る。」
飛竜の翼を斬った、巨大な刀を持った少女がその一瞬で背後まで詰め、そう呟いた。私は驚きながらも、少女の指示を聞き頷く。
「オーケー……私も、頭数を減らすことには賛成。」
「……ラズベリィ・エルハーバー、我の名前。よろしく。」
ラズベリィと名乗った少女はそういうと、私に向けて左手を突き出す。私は軽く右腕でちょんとグータッチをし、2人は再び飛竜へと警戒を向ける。次の瞬間、
「ブレスだっ!!」
咆哮とともに、飛竜は再び火炎を吐いた。ラズベリィがバックステップで間合いを取るのを横目に、私は再び火炎の中へと突っ込んでいく。
「この炎さえ止めればッ!!」
私はそう呟きながら、飛竜の顎の下まで一気に飛び上がる。そしてその勢いのまま、アッパーの容量で飛竜の顎を思いっきり殴った。
「ゴギャァァァァ!!」
「今だ!!」
顎をカチ上げられてバランスを崩した飛竜を見ながら、私は叫んだ。
「もう、斬った。」
その言葉とともに、ラズベリィは既に私の背後に立っていた。私は飛竜へ視線を向けると、残っていた側の爪も折れた、胸部に真一文字に刻まれた傷跡からダラダラと血を流しながら項垂れる瀕死の飛竜がそこにいた。
「……さあ、もう観念しなさい!」
私は飛竜から目線を外し、ラルカンバラへ向かって言った。奴はわざとらしくとぼけた様子で口を開く。
「観念?なんのことだね。」
「とぼけないで。飛竜は戦闘不能、アンタだって今の私とラズベリィを1人で相手したくないでしょう?」
「戦闘不能……か。たしかに、君たちが竜をそれほどまでに追い詰めるとは思わなかったよ。素晴らしい、素晴らしい誤算だ。こういうことがあるからこそ、計画とは自分自身の手で進めるに限る。」
「……まるで、その誤算すら想定内みたいな言い草じゃないの。」
「いやいや、想定外さ……それに困っているんだよ。戦闘不能じゃ、俺にとっては一番困るのさ。」
ラルカンバラが目の前から完全に消える。私は慌てて奴を探し辺りを見回すと、ラルカンバラは飛竜の頭部で刀を突き立てていた。
「ギャァァァァァ!!」
「え……」
エイラの断末魔が森に響く。頭部と貫通した口から大量の血を流し、やがて彼女は飛竜の姿のまま動かなくなった。それを確認したラルカンバラは頭から飛び降りながら言う。
「よっと……俺の亜空間は生物を嫌うんだ。だから戦闘不能じゃ困る。殺るなら殺ってくれなきゃ。」
「お前は……お前はァァァァ!!!」
「よせ!!」
ラズベリィの制止を振り切り、激昂した私はラルカンバラの元へと一瞬で間合いを詰める。そのままラルカンバラの胸部に向かって渾身の拳を突き出した。しかし、
「なっ……」
パンチを正面から受けたにもかかわらず、ラルカンバラはびくともしていなかった。突き抜けた衝撃波がラルカンバラの背後の地面を抉る。それでも奴の身体には傷一つ見留られなかったのである。
「気分は晴れたかい?一発殴りたいってずっと顔に書いてあったが。」
「なんで……」
唖然とし怯んだ隙に私の腕を掴み引き込んだラルカンバラは、そのまま私に頭突きをかました。
「ぐっう……」
「なんで……なるほど、擬似的な妖羽化で強くなったはずの自分の全力が、こうもあっさりと跳ね返されることを不思議に思っているのだね、君は。」
「うる……さいっ!」
「勘違いはよろしくないねぇ。君の実力は高いのだよ。あれだけの衝撃波が生まれるパンチに、今の頭突きを受けても顔面がぐちゃぐちゃにならない程度の防御力。おそらく実力だけで言うのならもう既に、君は世界の上澄みであるのだよ。」
「うっ……うわぁぁぁぁぁ!!!」
私は声をあげながら自身を奮い立たせ、もう一度立ち上がってラルカンバラへと殴りかかる。しかし私の抵抗は、まるで巨大な壁に身体を打ち付けているが如く、その全てがダメージへとなり得なかった。
「だが残念なことに、実力とは強さではないのだ。実力が高いだけの強さとは、実力に圧倒的な差をつけられたその瞬間、瓦解するものなのだ。その脆い拳では、振るう度に自らが崩れ落ちていくだけなのだよ。」
「避けて!!」
背後からラズベリィの声が響く。反射的にしゃがみ込んだその目の前で、ラズベリィの横薙ぎの刀がラルカンバラへ決まる……その瞬間、ラズベリィの刀の先が亜空間へと飲み込まれた。
「それ、危ないよね。切断のポイントだけに圧力を集中させてるから、俺の防御を上回ってくる。」
「そんなことない。」
「いやいや、バレバレだから。嫌われてるからってそんな無理筋の嘘つかれると、流石に傷つくぜ。」
「……」
「切断とは圧力の究極形。圧力は力の集中の原理……なんなら、その物理的な力の集中だけじゃなくて時間的な集中にも意味を持たせて威力を上げている。そうでしょ?」
ラズベリィは図星といった様子で、あからさまに眉を顰めながら追撃の太刀を振るう。
「アンタ達オルデアの魔法オタクみたいに、自分の魔法をペラペラ喋る趣味はないの。」
しかしそのどれもが同じように亜空間で防がれてしまう。
「ちっ!」
「非常に高尚な魔法だよ。動き回るターゲットを斬る、そのインパクトの瞬間と作用点を完璧に予測できなければ扱えない代物だ。驚異的な戦闘センスと直感の成せる技さ……誰彼構わず使えるものじゃない、そんなに怯える必要はないと思うがね。」
ラルカンバラはそう言って、ラズベリィの方へ一歩ずつ歩み寄っていく。私はそれを横目に見ながら、状況を打開すべく必死で思考を巡らせていた。




