Ep.40 Bランク昇格への試練⑤
「羽々長け!『天火燦蚕』!!」
割れんばかりの叫び声とともに、4体の青い炎の蝶がラルカンバラ達に襲いかかる。しかし、
「残念だが、俺にはそういう魔法が効かないんでね。」
ラルカンバラがそういった瞬間、ぐにゃりと空間が歪み穴のような空間の裂け目が生まれた。炎の蝶は全てその裂け目に吸い込まれ、あっさりと無効化されてしまった。
「それが、亜空間魔法……」
「よそ見している暇はないと思うぜ。」
「なっ!」
ラルカンバラの言葉を聞き、慌てて飛竜の方へと目を向ける。飛竜はすかさず間合いを詰め、翼から長く伸びた爪を振り下ろす。私はギリギリのところで何とか回避し、再び間合いを取る。飛竜は地面に突き刺さった爪を無造作に引き抜き、再び私に狙いを定め力を溜める。
「爪は……食らったらおしまいね。」
私は爪の刺さっていた穴の深さを見て息を飲む。そのままナイフに魔力を込めながら、飛竜の出方を窺った。
(攻撃は二の次……まずは回避して、上手く間合いを詰めていくことを考える!)
私は重心を下げいつでもどの方向にも逃げられるように備える。飛竜はその様子を見ると、大きく息を吸い込んだ。発達した胸筋が風船のように膨らみ、そこでピタリと一瞬静止する。
「なにを……」
警戒を強め、飛竜の動きに完全に集中する。やがて飛竜は口を大きく開けると、高温の息を吐き出した。
(まずい……逃げ場がない!)
眼前に広がる炎に、私は焦る。その奥から、ラルカンバラの笑い声が響いた。
「大層な口を叩く割には、まるで手ごたえのない獲物だったな。」
その声を聞いた私は、意を決し炎の中へと飛び込んだ。そのまま炎を切り裂き、超スピードで飛竜へと急接近する。そして炎をまとったナイフを構え、飛竜の膝目掛けて飛び込んだ。
「何っ!」
「うおおおおおっ!!」
弾丸のように現れた私に怯んだ様子を見せたラルカンバラと飛竜。私はその隙をついて飛竜の右足めがけて思いっきりナイフを突き立てる。しかし、
「うそ……」
その突撃は強固な鱗に阻まれて、あっさりと跳ね返される。そうして体勢を崩した私に、激昂した飛竜が容赦なく襲いかかる。
「グギャアアアア!!」
「ぐふっ……」
飛竜の蹴りが、私の身体を完全に捉える。あっさりと突撃前の辺りまで転がされ、視界がやや霞みながらも追撃に備え私は立ち上がる。その眼前には既に、飛竜の爪が迫っていた。
「くぅっ」
皮膚一枚分避けきれず、頬と腕に掠った傷がつく。なんとか戻った視界を頼りに飛竜と距離を取り、チラリと周りを見渡す。辺りは火の海と化し、逃げ場を失っていた。その状況に苦々しく顔を歪める私を見ながら、ラルカンバラは合点がいったように話した。
「なるほど、月光狼の皮だね。これほどの炎を浴びて変性もしない素材はなかなか珍しいから。」
「……やっぱり、愚者の石で何か企んでいるのもあなた達なのね。」
「企むだなんて、物騒じゃないか。俺はただ、人間の進化の手助けがしたいだけなんだ。」
「手助けだと……?」
私はラルカンバラの言葉を聞いた瞬間、地面を思い切り蹴り出しラルカンバラへとナイフを突き出した。ラルカンバラはその場から一切動く様子もなく、ナイフの一撃を真っ向から受ける。その結果、私のナイフの魔道具が、粉々に砕け散った。
「え……」
「魔力の質というものをご存知かね?妖羽化が魔族と竜族だけの術となっている原因の話なのだが……まあ、女王が見ている色の話にも近いものだ。」
呆然とする私に向けてラルカンバラは語りながら、私の頬を殴る。
「ぶふっ」
「魔力の適性とは細かく見るならば個人の資質になるのだが、実際は種族毎に共通する禁忌の質というものがあるのだよ。」
「ぐはっ」
「例えば魔族だと、聖の魔力に触れるとそれだけで身体が焼けてしまう……といった具合にね。」
「ごほっ」
「竜族と魔族の禁忌が聖であるとすれば、では同様に人間にも禁忌の魔力があるのではないか……そうは思わないかね?」
「うっ……ぐっ……」
饒舌な語り口とは程遠い、重く響くラルカンバラの攻撃に、私は思わず膝をついてしまう。ラルカンバラは追撃とばかりに私を蹴り倒し、腹を踏みつけた。
「ぐっ……あああああっ!」
「おっと、申し訳ない。質問形式だというのに君に答える暇を与えてやれなくて。正解は『邪』だよ。人間がこの邪の魔力を取り込んだ魔法を使うと、その性質は不可逆になってしまうんだ。」
(不可逆……って、まさか!)
ラルカンバラはそこまで言い、腹部の踏みつけを少し緩める。私は息を整え、たった今導かれたおぞましい結論を叩き込む。
「この……人工妖羽化は、竜脈と愚者の石の魔力の質はッ……!!」
「今のところはね。何度か王都近くの人間で試したが、竜族はおろか魔族の姿から戻れた奴すらいないなぁ。あの子もなかなか可愛らしい見た目だったけど、可哀想にね。」
「お前……お前ええええっ!!!」
私はラルカンバラの足を何とか振りほどこうと力を込め、必死にもがいた。しかし奴はそれを嘲笑うかのごとく、さらに足に力を込める。
「うああああっっ!!」
私の悲鳴が、炎とともに森を走る。無力さを固く握りしめた拳は、虚しくラルカンバラの足を叩くだけであった。




