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転移したらAランク冒険者でした※ただし最低ランク  作者: 盈月
第二章 忘れるからこそ、記憶と思い出に依存する
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Ep.38 Bランク昇格への試練③

「改めましてというべきか……まあ、自己紹介は大事だよな。ルバラ改め、ラルカンバラ・ネオワイズだ。どうも君たちにはよく知られている名前のようだし、これで十分かな。」


 学者風のすらっとした様子からガラリと変わった、野性味と威圧感の溢れる佇まいでラルカンバラは言った。だが私は見た目の変化以上に、彼から感じる魔力の変化に慄いていた。


「今まで、どこにそんな魔力が……」


 真の姿を現すと同時に放たれたラルカンバラの魔力は、今まで見たどの人魔よりも巨大なものであった。まるで峻険と聳える山を真下から見上げたかのように、彼の巨大な魔力は私の視界を覆い尽くしていた。


「やれやれ、君は王都で見たはずじゃないか。見えている姿を変える魔法そのものをさ。もう忘れたのかい?」

「王都……?私王都なんて行ったの、こないだが初めてで……」


 私は困惑していた。先日の王都での戦いで確かに変化の術を目にしていたはずなのに、それがなぜ目の前のラルカンバラと繋がるのかがまるで見えてこないのである……否、厳密には見えてこないのではない。私はその可能性を恐れるあまり目を背け続けていた。


「まさか、リィワン・ワンズリースは……あの日の王都の襲撃は……!!」

「ご名答。お察しの通り、あの場にいた君たちの敵は全て、俺の手の内の者だね。」


 ラルカンバラは不気味に薄ら笑いを浮かべながら、淡々と語る。そしてゆっくりと関節を鳴らしながら、言葉を続ける。


「彼曰く、変化の結界は他者を対象にする際はかなり制約が厳しいらしい。竜族の娘と共に英雄ルーグに接近するときも、その子供を人間として見せるときも随分苦労したと言っていた。対象の精神の完全なる同意とか、結界の展開を他者に視認されてはならないだとか……。その割には維持魔力も無駄に多く結界強度もさほど強くないときた。俺はそう聞いてなるほどそれでは確かに使いづらいと、そう思ったわけだ。」

「何の……何の話をしている?」

「これから起こることの話さ。少し未来になれば、君たちにもよく分かるはずだ。」


 ラルカンバラはそう言い、足を一歩前へと踏み出した。その瞬間、私たちは武器を取り出し臨戦すべく構える――しかし、


「退がりなさい!!」


 その声と共に誰よりも速く、エイラが鎌を手に駆け出した。一瞬で間合いを詰めて切りかかるも、ラルカンバラの皮膚一枚斬り裂くことなく刃は止まる。


「どう……して……」

「だから俺は、リィワンに聞き俺自身が変化結界を扱えるようになったのだ。そうすれば変化結界の弱点を全て補うことができる。」


 ラルカンバラは歯牙にもかけない様子で言葉を続け、そして二歩目を踏み出した。エイラとすれ違いざまの、その瞬間であった。


「ごほォッ……」

「エイラさん!!」


 エイラの腹部に、大きな穴が空いた。口から大量の血を吐き出し、その場に崩れ落ちるエイラ。その先にはラルカンバラの左手が、魔力の残滓を見せびらかすようにこちらを向いていた。


「圧縮した魔力の塊だよ。同じだけ魔力を込めた魔法と比べると子供騙しもいいところだが……まあ、この結果を見れば力の差は瞭然だね。」

「逃げ……て、はやく……」


 エイラが掠れた声で私たちに促す。一日ほどの付き合いとはいえ、目の前で死にかけている人間を見捨てて逃げるには長すぎる関係だ。私は足がすくみ躊躇する。しかし、残りの二人は戸惑うことなく私の腕を後ろに引っ張り駆け出した。


「レイズ!リッサ!でも、エイラさんが……」

「ダメ!あの人だって逃げてって言ってるでしょ!!」

「逃げなきゃ、ボク達が殺されちゃうんだよ!!」


 リッサとレイズの叱責で私はようやく腹を決め、ラルカンバラ達に背を向け自力で走り始める。背を向け、走り始めてしまった。


「よ、かっ……た……」

「なァ、アンタ。生きたいよなぁ?」

「え……?」


 逃走を始めた一行の後ろ姿に安堵したエイラが声を漏らすと、ラルカンバラは上からエイラの顔を覗き込み、ニヤリと笑いながら尋ねた。


「生きたいって言えば、生き延びられるかもしんねぇぞ?」

「うっ!」


 ラルカンバラはそう言い、エイラの首にかかったネックレスを力ずくで引きちぎる。そしてネックレスに描かれた投影魔法を見ながら、エイラを見下ろしさらに言葉を続ける。


「アンタが死んだら、悲しむ人だっているんだろう?そいつのために生きて帰れるのなら、なんだってしようとは思わないのかね?」

「あ……うぅ……うぁっ……」


 エイラの目から、大粒の涙が溢れる。ラルカンバラはネックレスを投げ捨て、そのネックレスは少し跳ねて転がり、投影魔法が上から見えるように止まった。その投影魔法にはエイラと若い男性が、二人っきりで満面の笑みを浮かべ過ごしている風景が映っていた。


「生き……たい。生きて、帰りたい……」


 その声は決して大きな声ではなかった。しかし、私の耳に一字一句はっきりと届いた。私はそれが――何かの悲劇の予兆だと、恐ろしい予感と共に立ち止まり、振り向いた。


「「ルリ!!」」

「……嘘でしょう?」


 レイズとリッサの呼びかけを制止し、私は目の前の光景に言葉を失っていた。

 生きたいとそう願ったエイラの身体に、竜脈とラルカンバラの左手から凄まじい量の魔力が注ぎ込まれている。ラルカンバラの左手には、愚者の石が置かれていた。


「竜脈は特殊な魔力だと言ったが、その特殊性は竜族及び魔族の秘技である妖羽化(ヴァンデルン)の際に色濃く現れるものなのだよ。」

「ヴァン……デルン……?」

妖羽化(ヴァンデルン)とは本来竜族の変化の秘法。つまり竜脈とは変化の魔法との親和性が高い魔力でね、先程の他者への変化結界の条件がちぃと緩くなるんだよ。」

「まさか、生きたいと言わせたのは……」

「精神の同意だよ。君たちが逃げてくれて視認の条件もクリアだ。」

「くぅっ……」


 倒れたエイラの身体に注ぎ込まれていた魔力が、やがて一つの繭のように彼女を包んでいく。その繭は凄まじい勢いで成長し、どんどん、どんどん巨大化していく。


「まずい、遺跡が崩れていく……!」

「話を戻そうか。俺はこれを変化結界として留めておくことを惜しいと感じた。竜脈と愚者の石の力があるのであれば、竜族と魔族に限らず魔力による肉体の変性が可能だと辿り着いたのだ。」

「魔力の塊が……晴れる!?」


 遺跡を破壊しながら十メートル以上にも拡大したエイラの魔力の繭が、無数のかまいたちと共に消える。遺跡は既に八割が崩れ去り、あちこちから差し込む太陽光に包まれながら……一匹の飛竜が、産声をあげた。


「バケモノ……」

「素晴らしい出来だ……こうして、妖羽化(ヴァンデルン)は魔族と竜族だけのものではなくなるのだ!俺はこの術を、人工妖羽化(ヴァンデルン)と呼ぶことにした。」


 紺色の肌、羽と一体化した手から鎌のように伸びる爪、大きな目……エイラの面影が残る飛竜に、私の目は釘付けになっていた。


「人工……妖羽化(ヴァンデルン)……」


 焚き付けられる絶望と怒りの狭間で、私はそう言葉にするのが精一杯だった。

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