Ep.34 藁にも縋る思いで、縋る藁を手で探る③
ザイリェンに戻って2日目の早朝。私達はザイリェン近郊の森を静かに進んでいた。
「まさか、早速Bランクへの昇格試験を受けられるとはねぇ。」
「今までどんな依頼でもコツコツやってきて正解だったよ。」
レイズは苦笑いしながらそう言った。
1週間でランクを2つ上げろとアルマストから言われたときはどうなることかとも思ったが、昨日ギルドの受付に行くなり
「Bランク昇格試験の準備ができております。」
と、受付のスタッフに声をかけられたのであった。大方、アルマストによる根回しがなされたのであろうと私は思っていたが、
「レイズさん達の依頼達成数が規定に到達しましたから」
と、今回の依頼に同行する女性スタッフに伝えられ私は一旦受け入れることにしていた。恵まれないながらもコツコツ続けて昇格と考えるべきか、2年以上かけてそれだけの依頼しかこなせなかったのかと考えるべきか……そんなことを人知れず考えながら走っていると、後ろから追いついて来たギルドの女性スタッフ―エイラと名乗った紺色の髪の女性がボソリと呟いた。
「ギルドマスターからは特に何も言われておりませんよ。レイズさん達は本当に規定以上の依頼を達成していますから。」
「……そういうことね。確かに、依頼の数だけをこなせばランクが上がるっていうのもおかしな話。その上でギルド側がランクアップに相応しい人材を選別していたってわけか。」
「はい。適材を適切なランクに振り分けることで余計な被害を産まないようにしているのです。いくら依頼をこなしても、より高難易度の依頼で使いにくい要因があるうちはランクアップを承認するわけにはいかないのです。」
エイラはそれだけ伝えると、前を走るレイズに追いつくためスピードを上げた。
「使いにくい要因、ねぇ……」
エイラの言う通り、ギルドとしては実力に見合わないランクを持つ冒険者を産まないようにしているのだろう。それは正しいし理にかなっているとは思うが、レイズ達が先輩冒険者達にいびられていたことを考えると何か薄汚い裏がありそうな予感もする。
「ルリ……?」
隣から心配そうにそう声をかけたのは、リッサだった。考えることに集中しすぎたあまり、随分真剣な表情をしていたらしい……私は少し微笑みながら、リッサに声をかける。
「怖がらせちゃったね……ごめんね。」
「ううん、私は大丈夫。」
リッサはそう言って作り笑いを浮かべた。
昨日Bランク昇格試験の受付を済ませた私とレイズは、その日のうちにリッサに会い王都でのことを話した。意外にも反応は大人しいもので、ランクアップについても
「……そうした方が、お姉ちゃんが喜ぶもんね。」
と一応は受け入れてくれていた。自分本位の理由ではないとはいえ、今回の依頼の下調べも積極的にしてくれていたし、今日もこうして文句を言うことなく着いてきているのでやる気自体はあるのだろう……私はそう思いながらリッサに言う。
「それじゃ、2人に追いつこうか!」
「うん!」
私とリッサは、一気に加速した。
森に入ってから3時間ほどが経過した。魔物との戦闘が何度か起こったこと以外はかなり順調に進んでいた。私は一度立ち止まり、改めてギルドから受け取った依頼書を確認する。
「遺跡探索……こんな依頼もあるのね。」
「ザイリェンならそこまで珍しい依頼ではないですね。なにせ、魔族領がすぐ近くにあるものですから。」
私の言葉にエイラが反応する。レイズがそれに反応し、少し考えた素振りを見せながら言う。
「え、でもボクも遺跡探索なんて初めて見たよ!そんな依頼、あったんだねぇ……」
「遺跡探索にAランクなんか派遣するわけないでしょう。受付に制限をかけているわ。」
「受付に制限……?でも、掲示板から依頼書を受付に持っていく方式で見たことすらないって可能なのかしら?」
「とある魔法を使っているんです。その依頼書、貸していただけますか?」
エイラの言葉に応じ、私は素直に依頼書を渡す。すると、エイラは懐からもう一枚別の依頼書を取り出し、
「退りなさい、『逃視秘匿』」
そう詠唱し、3人にその2枚の紙を提示した。私が渡した方に何か魔法をかけたようで、その紙だけ魔力で光り輝いている。そのままエイラは、私達3人に向けて質問する。
「さて、どちらの依頼書が気になりますか?せーので指をさしてください。」
「えぇ!?」
突然の命令に私は困惑し、レイズとリッサの様子を伺う。しかし2人は既に決めているようで、仕方なく私も光った方の紙を指すことに決めた。そして、
「「「せーの!」」」
3人は同時に指をさす。魔力で光った紙を指したのは、私一人だけだった。
「えぇ!?なんで?」
「なんでって、そっちは全然興味ないもん。」
「ボクもそう思った!そっちは気にならないかなぁって。」
まるでそれを選ぶのが当たり前であるかのように話す2人を見て、私はようやく合点がいったようにエイラを見つめる。
「なるほど……これで高ランク冒険者用の難しい依頼を見えないようにしているってわけね。」
「流石ですね。『逃視秘匿』はかけた物を見た人から興味を逸らす魔法でございます。そしてそれは一定以上の魔力を持つ人には効果がなく、そのボーダーラインは込めた魔力量に比例して高くなります。」
「今みたいな形式なら2分の1で当たっちゃうからともかく、普段のギルドのように掲示板から選ぶ方式なら、その依頼に気付き受付に渡すこと自体がある意味高ランクに相当する証左……そういうことね。」
エイラは満足そうに笑い、私に依頼書を返した。
「魔力が見えることは失念しておりました。ですがそれ以前に、貴女は選ぶこと自体に躊躇を見せました。この魔法が有効なレベルの相手ならそうはいきません……たとえ、魔力が見えていようと。」
「……恐ろしい魔法、だね。」
「勿論です。今のはEランク相当の魔力量でボーダーラインを引いたつもりですが……なるほど、ギルドマスターがお気に召すわけですね。実力も、これを見て恐ろしいと仰る眼力も、AランクやBランクにしておくには惜しい人材です。」
「えぇ!?いや、それほどでも……」
エイラの直球の褒め言葉に、私は思わず恥ずかしくなり目を逸らす。エイラは荷物を持ち、翻ってさらに前へと進む。
「ですが試験はまた別問題です。急ぎましょう……皆様には時間が足りないのでしょう?」
「そう!そうだよルリ。早くルガルを助けるんだから!」
「……そうね。行こう!」
一行は意を決し、再び森を走り出した。




