Ep.31 見下ろす景色⑬
「アルマスト?何か知っているの?」
ドーナに指をさされたアルマストは、青ざめながら首を横に振る。
「知らないわ……だいたい、私はあの二人にほとんど会ったこともないし、あの二人の正体すら今初めて知ったところなのに。」
「だって。振られちゃったわね?リィワン。」
ドーナはそう言って、リィワンの首元から爪を離す。リィワンは黙ったまま、鋭い目線でアルマストを見続けていた。すると、
「いけぇーッ!!」
リィワンとドーナの背後、少し崩れた城壁の瓦礫の向こう側からレイズが現れ、叫びながら何かを投げつける。しかし、
「あのバカ!黙って投げりゃよかったのに!!」
レイズが投げつけた球状の何かは、リィワンに触れた瞬間消えたかと思えば、そのまま透過したかのように城壁の外へと落ちていった。
「すり抜けた!?いや違う……」
私は今起きた現象について理解すべく思考を巡らす。
(当たる直前にリィワンが背中部分に何かを展開したような反応があった!それに、あの球が出てくるときにも一瞬だけ、何か穴のようなものを作っていた!だから……)
「別のところを通らせた、が一番近そうね。」
「あら、鋭いわね。魔力が見えるというのも本当なのね。けど残念、起死回生の一手は大暴投でおしまいね。」
ドーナはそう言い、扇子で口を覆いながら高らかに笑う。しかし、二人の背後のレイズは計画通りと言わんばかりにニヤリと笑っている。私がそれに気が付いたその瞬間、ズドンという着地音と地鳴りと共に、私とアルマストの眼前には一人の大男―英雄ルーグの背中が広がっていた。
「え……今下から跳んできたってこと!?」
「その通りさ!ボクの狙いは端から下のルーグさんに薬を届けること……痛み止めと強壮剤の飛びっきり強いやつにオリジナルの運動補助剤ってやつを混ぜ込んだ、寝たきりのおじいさんすら飛び起きるやつをね!!」
「だ、そうだ。というわけで、ルガルを返してもらおうか!!」
ルーグさんはそう言いながら、猛スピードでリィワンに突進し大剣を振り下ろす。リィワンは顔を歪め何とかこれを躱す。
「さっきも言ったはずですが……坊ちゃんごと叩き斬るおつもりですか貴方は?」
「区別はついてるさ。お前だけを斬ってルガルを連れ戻す。」
「その殺気と虚ろな目で言われても、説得力がまるでありませんよ。」
ルーグさんが組み立てる連撃を、リィワンはそれぞれ紙一重で回避する。そして堪らず、翼を羽ばたかせ空中へと飛び立った。
「チッ……」
「その子には、才があるのだ。」
「……」
「ルガルは俺を傷付けることができたのだ。伝説想起の完成も、本物の魔物を討伐することも、今のルガルの歳の頃じゃ、俺はまず出来なかった。」
「ルーグさん……」
ルーグさんは目線だけ睨みつけるようにリィワンを捉え、肩で息をする。レイズの薬があるとはいえやはり満身創痍のダメージが隠せていない。そんな中でもルーグさんは、滔々と独白を続けていた。
「だからこそ、ルガルは潰れぬ。愚直に剣を振るい、必死に走り続けただけの凡人の剣では、千度振るおうとその子は潰れぬのだッ!!」
ルーグさんはそう叫ぶと、リィワン目掛けて跳躍する。そして、
「うおおおおああああ!!!」
「なんだと!?」
ルーグさんの剣が、リィワンの翼を捉える。リィワンはルガルを抱えながら何とか態勢を整え着地する。ルーグさんはそのまま空中からリィワンに向けて剣を振り下ろす……しかし、剣はリィワンの目の前の空中で、何か固いものに当たったように止まった。
「クソッ、結界か!」
「……才能、ですか。」
リィワンは仰向けで天を仰ぎながら、そう呟いた。ドーナは余裕を失ったかのように笑みを崩し、眉を歪めルーグさんとリィワンの方を睨みつけている。
「凡人、才能、実に羨ましい概念ですよ。あなた方にはきっと、『そうあるべく作られ、そうあるべく動かされ、そうあるべく壊される存在』など想像もつかないでしょうから。」
「リィワン……?そうか、君は……」
ルーグさんがリィワンについて何か分かったかのように反応した瞬間、リィワンは突如起き上がり、アルマストの方へと指をさして般若のごとく叫んだ。
「お前はァ!!お前だけには、忘れたなどと言わさないぞ!!!20年以上も待ったんだ!お前の仕掛けた呪いに抗いながら、お前の思惑通りにならないように名前まで変えたッ!!お前だけはッ、お前だけには、あの惨劇を忘れたなどと言わせてたまるかァ!!ニー……」
「潮時のようね」
ドーナがそういうと、リィワンの周囲の結界がパリンと音を立てて割れ、その瞬間リィワンと外にいたマスクドネビュラの姿が消えた。
「なっ……瞬間移動!?」
「自壊効果のある結界だ。25年前、何度も目にしたが……そうか、結界術士ならあいつと関わりがあってもおかしくは無いわけだ。」
ルーグさんはそう言いながら、身体を引きずるようにこちら側へと近付き、ドーナへと剣を構える。それに続くように私や兵士たちもドーナを取り囲む。
「さて、これからどうするつもり?竜族サマ」
「どうするって……」
ドーナへと啖呵をきったのはいいものの、ルーグさんは満身創痍、アルマストも私も対竜族の戦力としては期待できない以上、まともに戦っても勝ち目は薄い。とはいえそれを悟られるわけにもいかないので、何となく虚勢を張りながらナイフを構えていると、
「逃げるしか、ないわよねぇ。」
ドーナがそう言った……ような気がした。
「うわぁ!!」
突如、周囲に強力な風の渦が巻き起こる。凄まじい空気の鳴動に包み込まれ、城壁から放り出されないようにするのが精一杯の私たちを、はるか上空から嘲笑っているような声が聞こえた。私はその声に反応し、なんとか風に負けないように目を開くと、
「あ……あれが、竜族……」
はるか上空で翼を広げた一体のドラゴンが、王都の外へと飛び去っていった。




