Ep.29 見下ろす景色⑪
「覚悟!!!」
城の扉が開ききるのを待つことなく、ルーグ・ユールゲンは大剣を構え矢の如く突撃した。渾身の力で振り下ろされた大剣を、少女はステッキで受け止める。
「いいのか?その杖ごと、叩き折ってやってもいいんだぞ!『伝説想起』!!」
ルーグさんがそう叫んだ途端に、大剣の形状と魔力が変化する。ミシミシと悲鳴をあげるステッキの状況を嫌った少女は、大きくバックステップで間合いを取る。しかし、
「甘い!」
ルーグさんの方がスピードもパワーも上回っており、一瞬で再び距離を詰める。少女は防戦一方で、ルーグさんの猛攻を避け続けるのに精一杯といった様子であった。
「アルマスト、しっかりしなさいよ!」
私はルーグさんと少女の戦いから目を離し、腰を抜かしたアルマストを立ち直らせるべく、肩を掴んで体を揺らしながら声をかける。しかしアルマストは顔を青ざめたまま、震える声音で言う。
「すみません……ですが、今の魔法で分かってしまったんです。」
「まさか貴女、あの子の正体を知っているの?」
アルマストは静かに頷く。私は息を呑み、アルマストの返答を待った。
「私だけではなく、王都で育った女児なら皆口を揃えて言うはずです……あれは、あの魔法は、魔法少女ホワイトステラのものだと。」
「ホワイ……え?」
「魔法少女ホワイトステラ、です。」
思わず場の緊張感にそぐわない反応を見せた私に、アルマストは真剣そのものの表情で訂正を促す。いや、確かにドレスも真っ黒じゃなくてピンクとか水色とかなら地球で見た魔法少女アニメっぽいコスチュームだなとは思っていたが、本当にド直球で来るとは流石に思っていなかった。
「王都にかつて実在した正義の味方ですよ。魔王討伐直後の王都近郊で魔物退治や復興作業に尽力した、本物の英傑です。確かにある時を境に活動を聞かなくなっていたんですが、こんなことになっているなんて……。」
私の表情から半信半疑を読み取ったのであろう、アルマストはホワイトステラの概要を淡々と説明した。確かに、私のイメージする魔法少女の印象と概ね一致する実像を説明されたが……、
「でもさ、今見えたのは魔法とステッキだけでしょ?仮面で顔は隠されているんだから、本人ではないかもしれないじゃない。」
それ故に今この現状が魔法少女本人によるものだとするのは考えにくい。だいたい、魔法少女だって歳を取るはずじゃないか。アルマストが子供の頃から活動しているのなら最低でももう30代だろう。どう見ても10代前半のあの子が、ホワイトステラ本人なわけがない……そう考えた矢先、バリィンという音が響き、ルーグさんの声が聞こえた。
「アンタ……どこかで見たことがあるな?」
「……」
音はどうやら、ルーグさんの攻撃で少女の仮面が破壊された音のようだった。同じように音に反応したアルマストは、よろよろと立ち上がり双眼鏡で少女の顔を確認する。そして、
「あぁ……間違いなく、本人よ。」
そう言って双眼鏡を外し、項垂れてしまう。やはりどうしても10代前半にしか見えない見た目に疑問は残るものの、王都の復興作業で見ているはずのルーグさんも知っているような反応を見せている以上、本当に本人なのだろう。私は再び外の二人の戦いを見ていた。
英雄として名を馳せた者同士の激突、自分自身よりもはるか高みのレベルの闘いとは、熾烈というほかなかった。ルーグさんの猛攻を少女は避け、躱し、受け流す……またルーグさんの猛攻を少女が避け、躱し受け流す……またまたルーグさんの猛攻を避け躱し受け流す。
「……いくらなんでも、避けすぎじゃない?」
小さな身体を活かした的を絞らせないスタイルなのもあるのだろうが、それは攻撃しない理由にはならない。それに二人の様子をよく見てみると、少し息があがった様子があるとはいえルーグさんの体に全く傷がなく、対照的に少女はかすり傷こそあちこちにあるもののほとんど息があがっていない。
「何かを待っている……?でも、何を?」
そうこう考えている間にも、二人は再び間合いを取る。しかし今度はルーグさんはすぐに間合いを詰めることはしなかった。魔力の浪費を嫌ったか、伝説想起を解き二度の深呼吸で呼吸を整え、再び剣を構えたその時、再び城の門が音を立てて勢いよく開いた。二者は門の方へと同時に目線を送る。しかしその後、ルーグさんの体だけ完全に固まってしまった。
「お嬢……?」
門にいたのは、長い黒髪で黒と赤のオッドアイが特徴的な、20代半ばくらいの女性であった。そこにその姿で居るはずのないアルエット・フォーゲルの姿が、ルーグさんの致命的な隙を生んでしまった。
「後ろだァッ!!!!」
私は力いっぱい叫んだ。ルーグさんの後方、少女が杖を担ぎ一瞬で間合いを詰めていた。振り向く暇も与えず、フルスイングした杖がルーグさんに直撃する。ルーグさんは城壁まで吹き飛ばされ、大きなダメージを負ってしまった。大剣を杖にして膝をつくルーグさんは、城門のアルエット・フォーゲルに向けて叫ぶ。
「誰だッ……よりにもよって、その人を騙るなど!許されると思うなァッ!!」
「……失望しましたよ、旦那様。」
そう吐き捨てたアルエット・フォーゲルの体が崩れ、ルガルを抱えたリィワン・ワンズリースが姿を現した。
「ルガル君!?」
「なんだって!?」
項垂れていたアルマストが跳ね起き、壁の外を確認する。そのままアルマストは状況を確認し城壁を駆け下りるべく階段へと向かったが、
「キャァァァァ!!」
「アルマスト!なんだ……うっ!」
アルマストの悲鳴を聞き、階段へと走った私は……階段の下で大量に重なっている、兵士たちの死体の山を目の当たりにした。




