Ep.1 鷹が鳶を生んじゃうことだってよくある①
アルマストによる説教から解放された私とレイズは、階段でギルドの1階へと下りていった。私たちが暴れたことでひっくり返っていた机や椅子は何事も無かったかのように元に戻っている。アルマストと話をしている間に職員たちが片付けたのであろう……そんなことを考えながら歩いていると、レイズが私の右腕を掴みながら喋りかけた。
「ルリ、紹介するよ。ボクのパーティーだ。」
そう言って彼が指をさす先、丸テーブルに隣り合うような形で二人の冒険者が椅子に座っている。片方はツインテールの黒髪にピンクのメッシュが特徴的な、派手な印象の女の子。もう片方は派手すぎず地味すぎない、少し赤っぽい茶髪を後ろでまとめた……多分、男の子。二人とも現代で言うところの中学生くらいの年齢だろうか、レイズよりもひと回り歳下に見える。特に茶髪の子は中性的な顔立ちとおどおどとした態度、そして背中に収めた巨大な剣も相まってますます小柄に見えた。レイズは私の右腕を勢いよく引きながら、丸テーブルに向かって駆け出した。
「ちょ、レイズ!?」
「二人とも、お待たせ!」
「リーダー、遅い!」
ツインテールの子が頬を膨らませ不機嫌そうに言い放つ。レイズは椅子の前で私の腕を離しながら、二人に謝り自分の椅子に座った。
「ごめんごめん、ギルマスの話が長くてさ……許してくれよ、リッサ。」
「リーダー?許して欲しいならそれなりの誠意を見せるべきだよね……ホラ?」
「ちょっとリッサ、ルリの前じゃないか……許してくれよ。」
「ダメ!いつものしてくんないと許してあげなーい。」
リッサと呼ばれた少女は悪い笑顔を浮かべながらレイズを揶揄っている。レイズは困った顔でため息をつきながら懐をまさぐり始める。そのただならぬ雰囲気に私は思わず口を出していた。
「レイズ、何をするつもり?」
「はは……ルリには見苦しいとこ見せちゃったね。でも大丈夫だから。」
「ちょっとレイズ……」
私がそう言いかけた瞬間、レイズは懐からお金を取り出した。そのとき、
「ありがとうリーダー!これで許してあげるわ!!」
リッサがそう言うと同時にレイズからお金をひったくる。そしてそのままギルドの建物から走り去ってしまった。私はただ唖然とそれを見つめることしかできなかった。
「彼女はリッサ。魔法の名家の子なんだけど……本人はどうも研究よりもこういうことの方が性に合うみたいで、家を飛び出して冒険者になった子だよ。」
「ありがとうレイズ……いや違う!追いかけなくていいの!?」
「大丈夫だよ。あと2〜3分もしたら帰ってくるからさ。いきなり待たせることになっちゃうけど……ごめんね?」
「いや、それは別にいいんだけど……」
私はやむなく了承し、改めて辺りをぐるりと見回す。照明や焦げ付いた調度品こそあれど物の配置自体は元通りと言って差し支えなく、あの短時間で受付のスタッフだけでここまで復旧したとは考えづらい……そんなことを思っていると、私の左隣から声が聞こえた。
「僕たちも手伝ったんだ、ここの片付け。だから、リッサもご褒美が欲しかったんだよ。」
「あ、あぁ……そうだったんだね。えっと……」
「ルガル。ルガル・ユールゲン。お姉さんはルリさんでいい?」
「ルガル……くんね。呼びやすいように呼んでくれていいわよ、よろしくね。」
私はそう言って右手をすっと差し出す。ルガルは透き通るような黄色い瞳でこちらをしばらく見つめたあと、ゆっくりと私の右手を取ろうとした。その瞬間、
「ただいま!!」
リッサがのそのそと抱えて持ってきた紙の箱をテーブルに勢いよく置いた。ルガルはびっくりして慌てて差し出した手を引っ込めてしまう。そんなことはお構い無しと言わんばかりにリッサは箱をビリビリと破いていくと、中から大量のスイーツが姿を現す。ショートケーキにシュークリーム、ババロアやプリンアラモードなどといった見慣れたスイーツが並んでいるその様に、私は思わず驚きと感嘆の声を漏らしていた。
「へぇー!こっちにもそういうお店があるんだ!」
「あ、あげないよ!!!」
「はは、取らないよ。お片付けを手伝ったご褒美だもんね。」
リッサは左腕で壁を作るようにしながらスイーツを独り占めし、食べ進めていく。その様子を物欲しそうに見つめるレイズとルガルを見て、私は一計を案じリッサに囁きかける。
「でも、お片付けを手伝ったのはリッサだけじゃなかったよねぇ?」
「!!?」
そうリッサに耳打ちし、ちらりとルガルに目配せをする。ビクッと体を跳ねさせたリッサは一度私から目を背けるが、やがてしぶしぶ小さなケーキを一つ取ると、ルガルの方へ差し出した。
「リッサ、いいの?」
「アンタもそれくらいは役に立ったもの。」
「……これくらいかぁ。」
「なに?不満なら別に食べてもらわなくていいんだけど。」
「いいや、……ありがと。」
ルガルはそう言って、ケーキを食べ始める。私はその様子を見ながら……
「「瑠璃せんせー!」」
前世の、できれば忘れていたかった記憶を思い出し少しだけ眉を顰め、なんとか張り付けた作り笑いでその場を誤魔化した。