Ep.27 見下ろす景色⑨
王都フォーゲルシュタットを囲む城壁の上、ルーグ達を見送った私たちは再び街の外へと目を向けた。アルマストはルーグに言われたことが引っかかっている様子で、小さな声でぶつぶつと何かを呟いていた。
「定期報告とやらが、どうにもきな臭いわね。」
私の言葉に反応するように、アルマストは顔を上げてこちらを見つめる。
「考えたくないですけど、私とルーグさん以外のところで何かあるみたいですね……母上か、もしくはルーグさんの家の者か。」
「私は女王様が何かを企んでいる可能性は薄いと思うけど、アルマスト……貴女はどうなのよ。」
「……母上の魔法絡みなら有り得ると思います。」
「女王様の魔法……」
私は馬車で聞いた話を思い出していた。
「『占星蜘蛛』……未来が見える、なんて言ってたやつだっけ。」
「はい。母上が直接魔力を見た人に限りますが、近い未来の分岐を映像で見ることができるらしいのです。まあ、同じ対象に使うには空白期間が必要だったり、その他にも扱いがかなり繊細な魔法らしくていざという時にならないと使わないらしいですが。」
何度聞いても強力すぎるくらいの魔法だ……魔法だからってここまでしていいのかと思うくらいに。とはいえ、それがなぜ報連相の妨げになるのかしら。
「それが、なんでルガル君の報告をしない理由になるのよ。」
「狙いの未来を引き寄せるためです。未来の分岐は情報を共有するだけでも起こり得ます。なので第三者に何か行動をさせる際にも、伝える情報は慎重に選ばないといけないのです。私たちはそれを知っているので、未来視の結果であろう行動に対しては基本的に異を唱えることはありません。」
「つまり貴女は、ルガル君の情報の秘匿が未来視の結果であろう行動だと思っている、というわけね。」
「はい、しかし……」
なるほど、未来を少しでも知っているかそうでないかで否が応でも行動は変わってしまうから、情報を与えすぎてはならないという理屈か……分かったような、分からないような不思議な感覚だ。とはいえ、それでもひとつ疑問が残っている……私はそれをアルマストに尋ねた。
「もちろん、ルーグさんもそのことは知っているはずよね。だったらなぜ、あそこまで執着するのは……いや、子供が家出しているんだ。心配するのは不思議ではないんだけど……」
「その通りです。母上が特別望む未来があってルガル君の家出という結果を引き出したいのなら、ルーグさんに伝えていた方が都合がいいことの方が多いはずなんです。ルーグさんは英雄であり、彼が動かせる力と人員は非常に大きなものですので。」
「それ故に分からなくなっているのね……誰の、どんな未来を見た上で女王様がそんなことをしているのか。」
「はい。未来視の目的が見えない以上、私も母上による隠匿の線は薄いと思います。」
まあ、確かに女王側が隠す理由も無ければルーグさんが嘘をついているような様子もない。より女王様に近いアルマストからの裏取りが取れた以上、私もその線はかなり薄いと思う。
「だったら、ルーグさんの家の人間だね。リィワンって男も怪しいし。」
「リィワン・ワンズリースか……彼はルガル君が産まれる前からドーナさんに仕えている重鎮だから、彼が何か企んでいるとは考えにくいわね。」
「むぅ……いや、それでも女王様よりは確率が高いと思うし、警戒して損はないと思う。」
「……もう既に魔族がすぐそこまで来ています。いずれにせよ決定的な証拠がない以上、私もルリも自分の準備に集中しましょう。」
アルマストはそういうと荷物の中から双眼鏡を2つ取り出し、ひとつを私に差し出した。
「ああ、ありがとう。」
「ルリさん、まずはその双眼鏡で城壁の前の兵士たちを見てください。その後、双眼鏡に魔力を込めてみてください。」
「分かったわ。」
私はそう言って双眼鏡を受け取り、城壁の外の兵士たちを捕捉する。双眼鏡を通しながらも兵士一人一人の魔力が立ち上る様子を視認することができた。そしてそのまま、私は双眼鏡に魔力を込める。
「うわっ!」
すると今まで一人一人が纏っているように浮いていた魔力の光に、様々な色がつく。赤や緑、青など様々な色調、明度の光が眩く輝くが、誰一人として全く同じ色は存在しない。私は眩しさのあまり、双眼鏡から目を離してしまう。
「見えましたか?」
「……なるほど、これも魔道具ってわけね。」
「はい。これは母上が常に見ている景色を再現したものです。母上自ら主導し作らせたものですが……母上はあえて数を絞り、子供たちである我々だけに数個ずつ配りました。」
アルマストは双眼鏡で兵士たちを見ながら答える。私は目を焼くような光線を浴び続けている今のアルマストや女王様の姿に思わず息を呑む。
「数を絞った理由は簡単です。流通してはならないものだからです。母上はこの力を使い未来視の魔法を開発しました。迂闊に使えば民草に混乱を招きます。そして……こちらはやや汚い理由になりますが、この力を持つ者は王に取って代わることができます。王都が今と変わらず王都として存続するためにこの力は王族が独占することにしています。ユールゲンの一家にはこの力を与えていないのです。」
「ユールゲン……ルーグさんの家ってことね。」
「はい。つまり彼らには王に取って代わろうとしかねない何かがある、と判断されています。それが今回の事変に繋がっているとすれば……」
アルマストは双眼鏡を覗いたまま、若干目を細め、眉を顰める。私は手にした双眼鏡をまじまじと見つめながら、アルマストがこれを渡した理由に今更ながら気がついた。
「ちょっと待って、これって、アンタ……」
「はい。貴女の裏切りは許しませんよ。繋がりが借金だけじゃ……心もとないですからね。」
アルマストは双眼鏡を外し、私に向かってニッコリと微笑んだ。




