Ep.26 見下ろす景色⑧
ルリ達が王都に到着し2日が経った。一行は城壁の上へと通される。城壁の上で慌ただしく迎撃準備をする弓兵たちを横目に、私とアルマストは城壁の側へ進む。ちなみに、レイズだけは先程貴重な投擲要員として西の方へ連れ去られていった。
「ここなら安全です。我々のみで対処可能ですので、ここから魔力を確認するようにお願いします。」
この2日間動きがなく静かだった魔族が、ついに王都へと向かっているという情報が入った……今朝、私たちが滞在する部屋にやってきたアルエットはそう言って部屋を出るように促し、そうしてここに至る。
私はふと城壁の下へと乗り出して見ると、兵士たちが少々慌ただしくも統率の取れた動きで隊列を作り待機していた。剣などの武器を構えた歩兵の後ろに、恐らく魔法部隊であろう軽装の神官のような格好の人が並んでいる。私はそのまま顔だけ振り向き、後ろにいるアルマストに話しかけた。
「ねえアルマスト、少し聞きたいことがあるのだけど。」
「ん、何かしら?」
「貴女とアルエットさんって、どんな関係なの?英雄の娘と王女だから昔馴染みなんだろうなとは思ってたのだけれど。」
「まあ、その認識で大きな間違いはないわ。歳はあっちの方が上なんだけど、私は気の合う友達みたいに思っているわ……ただ。」
「ただ?」
アルマストはそこから考え込むように言葉を詰まらせる。そのまま何度か逡巡を繰り返し、暫く迷い続けたあと、ひとつため息をついてから言葉を続けた。
「んー……アルって結構頑固でさ。一度信じたことは基本的に疑わないっていうか、こうと決めたら意地でもやり遂げるというか……。それが聖女様に似ているらしいから、聖剣に認められる人の性格がそういうものなのかもしれないのだけれど。」
「それがどうかしたのかしら?」
「疑うことを知らないのよ。早い話、悪意のある者に何か唆されるとその通りに突っ走ってしまう。だから心配なのよ。」
2日前、隊長室での一件は部屋に戻ったあとすぐにアルマストに共有していた。25年前の真実、そして今の魔王の正体のことを話すと彼女は神妙な表情で部屋の奥へと篭もり、暫く戻って来なかった。
私は今のアルマストの言葉でそのときのことを思い出した。ただ、アルマストの心配をもとに考えるなら……
「でも、聖剣は悪意のある者じゃないと思うのだけど。」
「ええ、だから分からないんです……なぜアルがそんな結論に至ったのか、なぜ聖剣はそれをアルに語ったのか、それと、なぜ英雄達はそんな嘘をついたのか。」
アルマストはそう言って、ブツブツと考え込むように顎に手を当てる。私は彼女から目を逸らし、再び城壁の下の様子を見下ろす。
「あれ?ルリ!?」
数分の沈黙の後、後ろから私を呼ぶ声が聞こえた。私は驚き、振り返りながら声の主へ言った。
「ル、ルガルくん!?」
声の主・ルガルは私に向かって笑顔で手を振っていた。その後方には大人が3人、弧を描いて囲うように立っている。ルガルはそのまま私たちの方へと駆け出した。
「うわっ、ちょっと」
「ルリ、久しぶり!」
「いいのかい?家族のそばに居なくて。」
私はそう言って、ルガルの後方にいた大人たちの方をちらと見る。武装した大男―ルーグさんがこちらに気付いたようで、小走りでこちらに向かって来た。その後ろから残りの2人―燕尾服を来た細身の青年とストレートに伸びた綺麗な黒髪が印象的な糸目の女性が追いかけて来る。
「君たちはザイリェンの……そうか、ガステイル君と仕事したっていうのは、君たちのことか。」
「ルーグさん、ご無沙汰しています。」
「この距離でも流れ弾が来ないとも限らないんだ。君なら心配は無用と信じたいが、気をつけておくんだよ。それよりも……」
ルーグは私にそう言葉をかけると、アルマストの方へ向き直る。
「アルマスト殿下に、お聞きしたいことがございます。」
「わ、私!?」
物思いにふけっていたアルマストが急に名前を呼ばれ、驚きながらルーグを見る。ルーグはそんなアルマストをまさに視線で人を殺すかのように強く見つめていた。
「ザイリェンには女王陛下を通じて家出をしたルガルをフォーゲルシュタットまで送り返せと再三通知したはずです。それをあろうことか握り潰すとは、今更どの面下げてこちらまで足を運ばれたのですか?」
「は……?」
ルーグの口から放たれた、予想だにしなかった糾弾がアルマストに叩きつけられる。流石にそれなら話が違うと思った私は、アルマストに詰め寄って尋ねる。
「どういうこと?私はあんたが女王様に報告したらルーグさん達が納得したって聞いてたんだけど。」
「そ、そうです!ルガルさんがこちらに来たときに私は母上……女王様にご家族に確認してもらうよう依頼して……」
「そんな報告は来なかった。だからザイリェンまで行って連れて帰ってきたんだ。」
「嘘……」
「いずれにしろ、この件は責任問題として上奏します。いえ……女王陛下にも確認しなければなりませんね!」
「あなた、そこまでにしましょう。」
ルーグがいきり立って言い切ったところで、彼の後方で佇んでいた女性がそう言ってルーグをいなす。そして女性は私の方へとゆっくりと近付く。
「ドーナ、そうは言っても俺はお前とルガルが心配で……お前もずっと心配していたじゃないか!」
「もう帰って来てくれたんです。この子が無事に戻ってきてくれたことが最上ではないのかしら?」
ドーナと呼ばれた女性はそう言って、私の足元で震えているルガルにそっと触れ、手を繋ぐ。そして私に向かって微笑みを作り、言った。
「初めまして。ドーナと申します。我が子がお世話になったそうで……ルリさん?でいいかしら。貴女も黒髪なのね、短くまとめて随分可愛らしいわね。」
「ドーナ、さん……い、いえ、私は何もしてないと言いますか、こちらこそ助けられていると言いますか……」
恐ろしく透き通った白い肌、か細いながらも高貴な印象の強い声、その印象とは裏腹に丁寧ながらも言葉や行動の節々に強かさを感じるギャップに圧され、私は思わず取り乱してしまう。ドーナはそのままルガルを連れて後方へと去っていった。すると今度は、燕尾服の青年がルーグに近付き言った。
「旦那様、時間でございます。降りましょう。」
「……続きはあの魔族を片付けてからだ。女王陛下への確認も含めてな。リィワン、行くぞ。」
ルーグはそう言って踵を返す。リィワンと呼ばれた青年は少し遅れて、
「了解しました、旦那様」
そう言って、こちらを見てルーグを追いかけた。アルマストを一瞥したようにも見えたが、彼女は気付いていないようだった。




