Ep.25 見下ろす景色⑦
謁見後の昼下がり、私はアルエットに手を引かれながら城内を案内されていた。聖騎士の詰所や宿泊料、屋外の訓練場を経てアルエットは最後に自室へと私を引き入れる。
「ここが隊長室です。基本的には今案内したどこかしらに私はいるはずですので、滞在中なにかあればなんでも仰ってください。」
「ありがとうございます。それで、私だけを連れ出して何の用でしょう?」
私はアルエットの顔をじっと見つめる。アルエットの顔から笑みが消え、神妙な目で私を一瞥し部屋の扉を開く。
「ここではいけません。中で話しますよ……余すことなく、全て。」
アルエットはそう言い残し、部屋に入る。私も彼女の後を追いかけた。
私は部屋に入り辺りを見回す。我々に与えられた部屋よりも狭いとはいえ、一人で使うには十分すぎるほどの部屋だ……だがその部屋の中は、所狭しといった様子で書類の山が積まれていた。応接用の長テーブルに向かい合わせるように置かれたソファの片方に、アルエットが剣を外し腰を下ろしていた。
「ルリ様も、そちらへ。」
「それじゃ、お言葉に甘えて。」
私はアルエットに向かい合うようにソファに腰掛ける。少し目をテーブルに落とすと、客人用らしきお菓子が用意されていた。
「そちらは、ご自由に食べていただいてかまわないわ。」
「え、ああいや……ありがとう。気持ちだけいただくわ。」
食い意地が張っていると思われたのだろうかと私は慌てて否定する。いや、実際にお腹はそれほど空いていないから嘘では無いんだけど。私が笑いながらそう誤魔化しても、アルエットは真剣な表情を崩さないままであった。彼女は前のめりになりながら口を開いた。
「ルリさんは、英雄たちの魔王討伐の話はご存知ですか?」
「一応、アルマスト達から聞いています。先代の女王の娘が仲間と共に魔王と戦い、相討ちになったと。」
「ありがとうございます。そう言われていますね……一般的には。」
「その言い方だと、本当は違うように聞こえますが。」
私は思わずムッとして言い返した。しかしアルエットは全く動じることなく私を見つめ返した。
「はい、その通りです。私が貴女をここに呼んだ理由は、貴女に正しい歴史をお伝えするためです。」
「正しい歴史……語り継がれている話がまるっきり捏造だとでも?」
「全てとは言いません。しかし、英雄たちは嘘を混ぜて報告をしているのです。これは……陛下も知らないことです。」
「信じられないわね。英雄たちが嘘をつく理由も、英雄の娘とはいえアドネリア様が知らないことを貴女が知っている理由も見えてこない以上、まだ信用はできないわね。」
「理由なら、ここにありますよ。」
アルエットはそういうと、聖剣の柄を掴み私に見せつけるように掲げる。聖剣の輝きが、まるでアルエットに首肯するかのようにより一層強くなる。
「聖剣?まさか剣に直接聞いたからとでも言うのかしら?」
「そのまさかよ。母上……聖女様もそうだったように、聖剣に認められた所有者は聖剣と意思疎通ができるの。そうなれば、25年前の戦いの当事者に一番近いのは女王様ではなく私。私の方が正しい歴史を知っていてもおかしくはないでしょう?」
「むぅ……」
確かに聖剣も例の戦いの当事者とも言える以上、聖剣の声が聞こえるアルエットが現状最も内情に近いだろう。何を話すかにもよるが、余程突拍子もないことでもなければ信用できるかなと思ったその時、
「結論から言いましょう。魔王と王女は相討ちなどではなく……王女、いや、叛逆者アルエット・フォーゲルは今も魔王城で生き永らえています。」
彼女は突拍子もないことを言い出した。私は今飲み物を口に含んでいなくて良かったと安堵した。一体どこから突っ込むべきかしらと目を逸らし考えるわたしをよそに、アルエットはさらに話を続けていた。
「奴は今、自らが斃した魔王に代わり魔族領を統治しています。20年ほど大人しくしていたと思って見逃していましたが……まさか魔族を使って攻撃するための準備期間だったとは。もはやこれまで、魔族は滅するべきだったのです。」
「えぇ!?ちょ、ちょっと待って!」
アルエットの話を聞き、私は慌てて制止する。玉座での話と全く違う!そう思って、彼女に問い質す。
「あのさ、魔王城には結界があって魔族領と人間領は行き来できないって聞いたんだけど……」
「結界を張ったのは魔王本人。解くのも自由自在でしょう。」
「だったら愚者の石はどうなるのよ、あんなものを作る連中は限られてるって……」
「25年前に人間の犯罪組織が用意できているんです。魔王が用意できても不思議ではないでしょう。」
「そもそも、魔王領に近いザイリェンでの目撃情報がないのに王都付近で頻繁に目撃されてるのもおかしいわ。それなら魔王の所業じゃなく、王都付近に犯人がいると思った方が……」
「それは、王都の治安維持に問題があると……そう言いたいのかしら?」
アルエットはそう言い、こちらを鋭く睨みつける。私は気圧され、言葉が詰まりかける。
「でも……だとしても、それなら貴女の両親はなぜ、娘に叛逆者と同じ名前をつけたのよ。本当に叛逆者なら、貴女にアルエットって名前を付けたりしないはずよ。」
「……私の名前は古の英雄、聖剣の勇者アルレット様から頂いたものです。この名を侮蔑することは、例え両親だろうと許されることではありません。」
「侮蔑なんかじゃ……」
「なんと言われようと、私の心は変わりません。魔族は滅ぼすべき、そして、母上を……」
アルエットはそこまで言って、口を閉ざした。




