Ep.24 見下ろす景色⑥
「聖騎士アルエット・ミレア、女王様の命によりただいま馳せ参じました!」
玉座の間にて、白銀の巨大な鎧に身を包んだ一人の女性が、私の隣でその言葉と共に恭しく膝をつく。金色の長髪を後頭部で一つにまとめて下ろす、いわゆるポニーテールが特徴的な美少女であった。まあ、見る限り私とそこまで年齢は変わらないと思うが。それに、腰に提げた華美な装飾が目立つこの剣は……。
私が横目で彼女に見とれていると、女王がゆっくりと口を開く。
「ルリさん、こちらが王都直属の聖騎士部隊の隊長を務めるアルエットさんです。今回の作戦ではこのアルエットに従っていただきます。」
「さ、作戦……」
「といっても、ルリさんが戦うようなことにはならないので。安心してちょうだい。」
「陛下の仰る通りです。国賓である皆さま方は我が身に代えてもお守りいたしますゆえ。」
アルエットは立ち上がり、女王に向けてそう宣言する。そして90度回転し私の方へと正対する。
(大きい……立った姿を真正面で見ると、尚更……)
私だって160センチに届くか届かないかといった具合であるため、背は特別小さいわけではないはず。それでも思わずアルエットを見上げるのだ……おそらく170後半か180に届くかもしれない。レイズは隣で腰を抜かしてしまっている。私が息を呑んだその瞬間、アルエットは勢いよく頭を下げた。
「うわっ」
「ルリ様、此度はよろしくお願いします。」
「あ、頭を上げてください!こちらの方こそお願いしなければならない立場なんです。ご迷惑をおかけします。」
私は思わずお辞儀をしながら、アルエットに頭を上げるように促す。そのおかしな様子を見たアルエットとレイズは思わず
「「フフッ」」
と吹き出してしまう。その瞬間、玉座の間の張り詰めた空気が緩まり、アルエットが笑顔を見せた。笑い出す文官達もいる中で、女王が咳払いをし私たちに告げた。
「我が身に代えても、じゃ困るのだけどねぇ。まあいいでしょう、ルリさんとアルマストはそのままアルエットの指示で行動してください。その他人員は直ちに各持ち場につくこと。いいわね?」
「「「ハッ!!」」」
その言葉と共に、私たちはアルエットと玉座の間を後にした。
フォーゲルシュタット王城、その廊下で私はアルエットの右隣りを歩き、その後ろにアルマストとレイズが続いていた。アルエットは極端に左によって廊下を進んでいる。ガチャガチャとアルエットの甲冑が擦れる音が廊下に響く中、後ろからレイズがアルエットに声をかける。
「その剣って……」
「はい、聖剣フレンヴェルです。」
「「ええっ!?」」
私とレイズは驚きのあまり声をあげる。昨日馬車でアルマストから聞いた話の通りなら、聖剣フレンヴェルといえば……
「それって、魔王討伐で英雄が使っていた聖剣じゃないですか!」
「ええ、もちろん本物ですよ。」
私の言いたいことをレイズが代弁する。それが本当ならばと私は改めてアルエットの顔をじっと見る。深いコバルトブルーの瞳、よく見れば少し先の尖った耳、そして『ミレア』という姓……なるほど、よく考えればすぐ分かった話ではないか。私はやれやれと苦笑いする。
「なるほど、貴女も聖女様の御令嬢……と言えばよろしいかしら?」
「令嬢だなんて……私には過ぎた肩書きでございます。先日は兄と父がお世話になったそうで。」
「兄……そうか、マルキスさんか!こちらこそ、お父様には危ないところを助けていただいて……」
私はまた、アルエットに頭を下げる。アルエットはその様子を見て、少し寂しげに笑った。その違和を感じた私が思わず黙ると、アルエットはゆっくりと口を開いた。
「私はこの剣を母から貰い受けました。この剣を使えるようになれば魔族に敵はいなくなると、その言葉と共に。それが7年前……」
「母……聖女様ですか。」
「はい。聖剣フレンヴェルは生命を持つ剣です。私は冒涜なきよう、無礼なきよう振る舞いました。鞘当てなど以ての外です。故に……」
アルエットはそこまで言って、言葉を止める。
「故に、何かしら」
沈黙を貫いていたアルマストが、アルエットを鋭く睨むように見上げて言った。アルエットはそれを受けアルマストとレイズを交互に見つめ、やがて再び背を向けて歩き出す。
「その生きている聖剣とやらから、何か変なことでも吹き込まれたのかしら?」
「……変なことではないわ。」
「そう。でも気をつけなさいよ、貴女は頑固で生真面目で丸め込まれやすいんだし。」
「……」
アルエットは口を閉ざし、そのまま廊下を進んで行った。私たちは慌てて後ろに続く。
そこからは無言で廊下を進み、階段を上った先にあった部屋の一つの前でアルエットは止まった。
「王都滞在中は、ここを自由に使ってもらって構いません。」
「ありがとうございます。」
「それと、ルリ様はこちらへ。」
「ちょっと、待ちなさいよ!」
アルエットに呼ばれるまま部屋を出ようとした私の腕をアルマストが掴む。アルマストは私を引き留めたままアルエットに尋ねる。
「ルリに、何吹き込む気?」
「別に、詰所と隊室の案内をするだけよ。不在中の異変に対応する必要があるでしょう?貴女には必要のないことだし。」
「くっ……」
「アルマスト、大丈夫だから。二人で待ってて。」
アルマストが掴んだ部分が少し緩む。私はアルマストにごめんと片手を立てて会釈し、部屋を出た。




