Ep.22 見下ろす景色④
王都フォーゲルシュタット―私の知る言葉では『鳥の都』を意味する名前を冠する都。それはひとたび飛び立とうものなら天を覆い尽くす鳳となるだろうと思うほどに、巨大な都市であった。科学技術こそ日本に遅れを取るとはいえ、日本にはない魔法体系のおかげで文明の規模では決して引けを取らない……そんな光景が眼前に広がり、私は思わず息を呑んだ。舗装された街道、街道に沿って整然と建てられている建造物、その奥には街を囲む堅牢な城壁、そのどれもがザイリェンでは見られない光景であった。
「す、すごいや……」
左隣を歩くレイズはすっかり語彙力を失っていた。アルマストはニヤニヤした顔でこちらを覗き込んでいる。
「どうですか?王都、なかなか凄いでしょう?ルリさんの元いた世界でもこれほどの規模の都市はなかなか……」
「あ、ああ。感心しているよ。」
「その割には、反応がしょっぱいんですよねぇ。もっと腰を抜かしたりしないんですか?」
アルマストは不満そうに呟いた。心外だ……確かに私は驚いている。だがそれは王都の規模の大きさではない。道中アルマストに聞いた王都の歴史や人口からこれくらいの都市であることはあらかた想像がついていた。だから私は、疑問を口にした。
「背が高い建物が多いよね。ザイリェンにもギルドやベルジオ商会みたいな三階建て以上の建物はいくつかあったけど、王都は普通の民家でもそれくらいの大きさがある。中には一、二、三……あれは七階建てかしら?そんなものまで。」
「そうですね。人口が多い中で土地が限られていますから、ザイリェンのようにはいきませんよ。」
「いいえ、どっちかと言うと技術の話。見たところその民家も煉瓦……この舗装された道路もそうね、こういう土や粘土を加工した素材でそこまでの強度のものができているなんて、どういうカラクリなのかしらってね。」
私はそう言って、改めて七階建ての民家を見る。ぼんやりと魔力らしきものが通っているのが見えそれが技術の正体だと推測し、アルマストの答えを待つ。
「ああ、あれはですね、魔法金属を使っているんです。」
「魔法金属?」
「魔力を通すことで性質が変化する金属の総称です。あそこで使われるのは一定量の魔力を通すと硬くなる金属です。」
「その硬い金属を芯にして建てている……つまり、鉄筋の概念があるってことね。」
「25年前の復興工事のときにもたらされた技術だそうです。魔法金属はエルフと王国正教から、工事技術はドワーフとオルデアの民たちの協力のもと行われたそうで。」
「それが、ザイリェンの一部の建物にも使われていると。」
「ええ、予算が許すのであれば本当はもっと導入したいんですが、なにぶん金属がそれなりにしますので……」
アルマストはそう言い、笑顔で親指と人差し指で輪っかを作り見せつける。とっとと金を返せというそのメッセージに私は目を逸らしつつ、
「ほら、いつまで呆けてんのよ!」
「いてっ!」
少々乱暴に、レイズの手を引っ張った。
同時刻、王都フォーゲルシュタット。ルリ達が歩いている中心部から西に離れた屋敷。ルガルは椅子に座らせられていた。机を挟んだ向かいには、豪奢な装いをした糸目の女性が座り、燕尾服を着た男が立って待機している。
「ママ……なんで僕を連れ戻したの?」
「……」
女性は口元を扇子で隠しながら、目で燕尾服の男に合図を送る。燕尾服の男―リィワン・ワンズリースはルガルに目を向け口を開く。
「奥様は坊ちゃんの身をひどく案じておりました。まだ大人とは程遠いその身でここから遠く離れた地で危険に巻き込まれてはいないか……毎日のように我々執事や召使いに相談を持ちかけるほどでございました。そのお姿に心を痛めた旦那様が坊ちゃんを探し連れ戻すよう我々に命じたのです。」
「また、子供扱い……」
「子供扱い、ではございません。坊ちゃんが子供であることは疑いようのない事実でございます。」
「やめてよ!」
リィワンの挑発するような口調に、ルガルは思わず立ち上がり叫ぶ。リィワンは眉一つ動かさずルガルを見つめている。
「僕だって、僕だってもう魔物を倒せるんだ!月光狼だって……聖女様を連れ去った連中だって、倒してやるんだ!!」
「そんなことを、どうしてあなたがやる必要があるの?」
沈黙していた女性が、口を開いた。ルガルの母―ドーナ・ユールゲンは扇子を閉じ、そのままルガルに語りかける。
「連れ去られた聖女を取り戻すのは教会や女王達のお仕事です。あなたが首を突っ込んで良いことではございません。」
「でも……」
「あなたでは危険です。危険なことは私が許しません。あなたはここで平和にのびのびと育てば良いのです。」
「……」
言葉に詰まったルガルは、そのまま部屋を勢いよく飛び出した。リィワンは特別慌てる様子もなく、後ろに待機していた執事の1人に顎で指示を出し、ルガルを追わせる。ドーナは悲しそうにため息をついた。
「どうして、分かってくれないんでしょうか……リィワン?」
「ご心配なく。屋敷に結界を展開しておりますゆえ、もう逃げたりするようなことはありますまい。」
「前回もそう言って逃がしてたでしょう?私を安心させてちょうだい。」
ドーナの言葉に、リィワンは思わず吹き出し口元に手を添える。
「フフ……いえ、私の結界術のおかげでここに居られる方の物言いとしてはなかなか、興味深いものでして。」
リィワンの挑発を受け、ドーナは彼を睨みつける。鋭い紅の眼光がリィワンを突き刺す。重苦しい間が暫く場を支配したが、やがてリィワンがわざとらしく笑った。
「無粋でございますね、お互い。ところで、ようやく王都に到着したようで。」
「貴方だけよ……ええ、遠路はるばる。」
ドーナは再び目を隠し、リィワンが作り笑いを止める。リィワンはルガルが逃げた通り道を暫く目で追ったあと、一礼し姿を消した。




