Ep.21 見下ろす景色③
突如放たれた矢に、私は警戒しながら後ずさりでアルマストの背後に隠れる。アルマストは座っていた石に立てかけられている剣を抜き、矢の方向を睨みつけている。私はそれを見てテントの方へと戻り、中のカバンからナイフの魔道具を取り出して再び外に出た。しかし、それ以上の攻撃は全く飛んでこなかった。
「何なの……?」
「分からない。けど警戒は解かない方が良さそう。ルリも武器の魔道具は常に携帯しておいてちょうだい……甘いわよ。」
「う、ごめん。」
緊急事態の最中、強い口調に変わったアルマストに私は息を呑み、思わず目を逸らす。すると、焚き火で照らされた矢に手紙が結び付けられていることに気がついた。
「矢文……?もしかして、そのために?」
「罠かもしれないわ。ルリ、魔力でなにか仕掛けられていないかしら?」
「魔力的には、普通の矢と紙に見えるわ。」
「分かったわ。ルリはここで、構えを解かないで。」
アルマストはそういうと腰を落としたまま、矢のもとへとにじり寄る。そのまま素早く手紙を取り私の元へと戻ってくると、
「読んでちょうだい。魔力に妙な変化があったらすぐに燃やして。」
と言って、私に手紙を渡す。私は恐る恐る、ゆっくりと手紙を開いて文字を読んだ。
「詮無き用ならば、去れ。216+1…?」
手紙にはそう書かれていた。恐らく本文であろう部分が紙の中心に大きく、そして謎の数式が紙の右下に小さく。
「なんなんだこの数式、217って書きなさいよ、学校で習わなかったのかよ。」
私がこの世界の数学教育への憂いを語っていると、アルマストはやれやれと言った具合にため息をついた。
「タチの悪いイタズラですね。全く、気を張って損しました。」
アルマストはそういうと、警戒を少し緩めて腰を下ろした。私も同じように、その隣に座り込んだ。
「王都には行くのよね?」
「勿論です。詮無き用ではございませんので。」
「まあね。ルガル君を連れ戻さないとね。」
「無論です。とはいえ警戒は怠らないでくださいね、ルリさん。」
「わ、分かってるわよ。」
その後、私たちは交互に睡眠を取りながら夜を過ごした。襲撃こそ無かったものの、不穏な噂話といい私は一層気を引き締めることにした。
「おはようございまぁす……」
日の出から数時間経った頃、レイズが大きなあくびをしながらテントから現れる。私は彼女の神経の図太さに感心しながら、
「暢気なものね」
と悪態をついた。レイズはヘラヘラしながら照れている。その様子を見たアルマストはレイズを睨みつけながら
「とにかく、起きたのならもう出発しましょう。なるべく早く到着したいので、さっさと準備してください。」
「はーい」
「全く、分かっているのかねこの子は……」
私はレイズに呆れながら、テントや焚き火を片付ける。そして馬車と合流し、街道を通り王都へと向かった。
「この調子だと、それほど時間もかからないでしょう。とはいえ警戒は緩めないようにしましょう、ルリはわかっていると思いますが。」
「勿論。どうも不穏な空気が漂ってるしね。」
「え?不穏な空気ってなんですか?」
レイズの素っ頓狂な質問に緊張感が削がれる。私は懐から昨日の手紙を出してレイズに押し付ける。
「え、なんですかこれ……」
「昨晩飛んできた矢文だよ。まったくあんたは緊張感がまるでないんだから。」
「矢文!?なんで起こしてくれなかったんですか!」
「そんな暇あるわけないでしょ!」
私はレイズのボケにそうツッコミをいれ、改めて矢文を読むように肘で促す。レイズは渋々矢文を開き目を下ろした。その瞬間、一転して眉を顰め真剣な表情になった。
「なに……王都で何が起こっているんですか?」
「分からないけど、今までのあんたの態度で無事に済むほど甘い話ではなさそうね。」
「う……はい、気をつけます。」
レイズはそう言って矢文を私に差し出す。私は受け取って紙を仕舞うと、馬車が足を止めた。
「到着よ。二人とも、待っててちょうだい。」
アルマストがそう言って車を降りる。レイズが慌てて後ろをついて行こうとするが、私が手で制する。そのまま扉を少しだけ開き、アルマストの様子を伺う。
「ギルドマスター、門番と話してるね。」
「開門のための確認作業だろう。まあ、こっちは王女なんだ。すんなり通してくれるさ。」
私はそう言い、改めて馬車の座席に腰を下ろす。その言葉通り馬車はすぐにゆっくりと前に進み始め、門をくぐっていった。




