Ep.20 見下ろす景色②
ルガルが王都へ帰って数日が経った。私はアルマストと共に魔族討伐の後方支援のため王都へと向かっていた。
「全く、危険だから余計な人は連れて行きたくなかったんだけど。」
その馬車の中、どういうわけか勝手に乗り込んでいたレイズが私の膝の上で楽しそうに揺れている。
「もう何度も言ったけど、滞在にかかる費用は全部自腹だからね。」
「分かってるよ、ルリ!」
「そんな金が出るなら、返済ペースを上げてもいいのかしら?」
「ひ……す、すみません、ギルドマスター!」
「いいや、まさかあの部屋の話を聞かれているとは思わなかったわ。私が迂闊だったの。」
「それじゃ……」
「お金は出さないけどね……当たり前でしょう。それに報酬もルリの分しか用意してないわ。せいぜいタダ働きしてちょうだい。」
「え、えぇ〜〜!」
目に涙を浮かべながら駄々をこねるレイズを私は無理やり押さえながら、馬車から外の景色を眺めていた。土の道にしてはある程度整えられた街道のその奥には、地平線を覆い尽くす無数の木が生えていた。
「大きな森ね……」
「ああ、あそこにはエリフィーズがありますからね。」
「エリフィーズ?」
私が疑問を口にすると、小さくなっていたレイズが下から生えて答えた。
「エルフの隠れ里だよ。ほら、ソイルバートで会ったマルキスさんやガステイル様。彼らみたいなエルフが沢山住んでいるんだよ。」
「ほお、隠れ里ね……」
「まあ、少し前に大火事があって隠れ里としてはやってないって言ってましたけどね。そこまで来たのなら……あと一日ってところかしらね。」
「もう一日ぃ……」
レイズが顔を歪めて文句をこぼす。とはいえ、私たちがザイリェンから出て既に3日が経過している……レイズの気持ちも分からなくはない。アルマストはレイズを窘めるように咳払いをし、言った。
「これでも短くなった方なんだ。昔の街道は魔族や魔物の住処から避けて通さなければならなかった。その頃の道なら王都までは一週間かかっていたよ。」
「一週間!?」
「ああ。この道ができたのは魔族との戦争が終わってからさ。まあそれも、私が生まれる前の話だが。」
アルマストはそういうと、持参していた本を手に取り開いた。私はふと思いついたことをアルマストに問いかけた。
「ねえアルマスト、王都に着くまであと一日かかるんだったら、その魔族との戦争の話を聞かせて欲しいんだけど。」
「分かりました。ですが私も見てきたわけではないですから、一般の人達が知っている程度の話までしかできませんよ?」
「構わないわ。私はその一般人が知っている程度のことも知らないから。」
私の返答を聞いたアルマストは小さく咳払いをし、ゆっくりと話を始めた。先代の女王ヴェクトリアの娘アルエットが、側近であるルーグさんと共に王都を旅立つところから始まった冒険譚は、最期に魔王と相討つところで終わった。その頃にはもう既に辺りは真っ暗になっていた。
「と、まあ、こんなところです。森を抜けてすっかり夜も更けてしまいました、ここいらで野営をしましょう。」
「ねぇアルマスト……」
私はアルマストの話で気になっていた点があった。それを問いただすべくアルマストに声をかけたが、その声は隣のさらに大きな声にかき消されてしまった。
「えー、まだつかないの?もうヘトヘトだよ……」
「レイズ、あんたねぇ……」
「貴方がヘトヘトなのは知らないけど、野営の準備は手伝って貰いますからね。」
「わ、分かってますよぉ」
レイズはそう言って、不満そうに馬車から降りる。それを見送ったアルマストは、私に声をかけた。
「ルリさん、また後で聞きます。おそらくこの話を聞いて気になったことは一つではないでしょう……それも含めて、共有しておきたいので。」
私はそれを聞き、コクリと頷いた。そして二人で地面へと降り立った。
「さて、ルリさん。先程の続きをいたしましょうか。」
街道を少し横に逸れた平野で、私とアルマストは焚き火を挟んで向かい合っている。隣のテントではレイズは爆睡している。星の光では気づかなかったが、街道の先を目を凝らしてよく見ると城壁が見えるような気がした。おそらくあれが王都だとすれば、明日の昼には着くだろう……と、そんなことを考えていた矢先、アルマストは私に向き合ってそう言った。
「英雄譚で聞きたかったことよね。」
「はい。知っている限りでお答えします。」
「じゃあまず、現女王様の魔法について。未来が見えているという割には信ぴょう性が低いように感じたのだけれど、相討ちになるとは予測できなかったのかしら?」
私の質問に、アルマストは苦い表情をする。しばらく考え込むように黙り、ひとつ息を吐いて再び口を開いた。
「女王の魔法は根本的にはルリさんの体質と似ています。対象の魔力を読み取り、読み取った魔力を特殊な器具に通すことで時間軸を移動させるという仕組みです。あの時女王は英雄達4人の魔力を使い未来は見ました。それは人為的にはほぼ変えようのない未来には間違いありません……一つの場合を除いて。」
「その、例外って何かしら。」
「外法に触れた場合です。外法とは魂及び魔力を汚染する可能性がある禁忌の法を指します。女王はあくまで汚染前の魔力を辿った未来を見ておりますので、外法に触れたことによって魔力が汚染されたのであれば、未来は変わりうるということです。」
「つまり、最後の四天王戦か魔王戦で外法に触れた可能性があるってことね。」
「……女王はアルエット様を喪ってから何度も魔法を再検証しました。その上での結論ですから、間違いはないでしょう。」
ということは、外法に触れれば未来が変わるということを女王は知らなかった、というわけだ。
「ルリさんも気をつけてください。同質の能力を持つルリさんが外法に触れた場合も、そういった想定外の事象が起こる可能性がございますので……そういう意味でも、見たことのある魔法をすぐに真似をするといったことは控えていただきたいのです。」
アルマストは心配そうに私を見つめている。もちろんそんなことは分かっていると頷いても、まだ晴れないといった様相であった。私は話題を変えるべく、今の話で確信にも近くなった質問を彼女にぶつけた。
「次の話をしようか……魔王は、本当に斃れたのか?」
「それは……」
アルマストがハッとして答えようとした瞬間、
「なんだ!?」
「ルリ、隠れて……敵襲よ!」
私の背後――王都の方角から、一本の矢が地面に突き刺さった。




