Ep.18 親バカの心、子知らず⑧
私は再びルーグの前に進み、椅子に腰掛ける。目の前で突っ伏している大男を怪訝な面持ちで見つめる。
「……ルーグさんの気持ちは分かりますけど、ああいう言い方じゃそりゃ怒りますよ。」
「し、仕方ないじゃないですか。俺は本当に心配で……」
「分かってますよ、私達も……もちろんルガル君も。」
ルーグは顔を上げながら、不思議そうな目をして私を見つめる。私は再び言葉を続ける。
「一度だけパーティを共にしただけですが、彼は聡明な子です。そして、とても優しい子でもあります。それは親を初めとした、周りの人達が愛を十分に注いでくれた証です。そんな子に必要なのは……正論ではないと、私は思います。」
虚勢を張った全力の演説を、不思議なほどに大人しくルーグは聞いていた。するとルーグは出されていた水をつかみ、一気に飲み干した。私はガンと音を立て叩きつけられるグラスに思わず目を向ける。するとルーグがゆっくりと口を開いた。
「ずっと、劣等感があったんだ。」
「劣等感?」
「あの子が生まれたとき、俺はもう40になる頃だった……孫がいてもおかしくない歳になってようやく、俺に初めて子供ができた。」
(まあ、こっちの年齢感覚だとそうなんだろうが……そこまで不思議でもない歳だと思うけどね。)
「すると、ルガル君は随分可愛く映ったんでしょう?」
「ああ。久しぶりに、人生に色がついたかのように思ったよ。俺も妻もずっと可愛がって育てた……生まれるまで随分待たせた分、どの親子にも負けないくらいね。」
「……」
私は思わず聞き入っていた。久しぶりに、待たせた……などなど、仔細尋ねたくなる言葉こそあれ、ルーグの言葉を一つ一つ受け止めなきゃならないと、不思議とそういう気持ちでルーグを見つめていた。ルーグは少し俯き、躊躇いながら言った。
「……王都を出る前の晩、妻が泣いていたよ。」
「……心中お察しします。」
「俺は思ったさ……妻の不安、ルガルの不満。それは俺自身の父親としての至らなさではないかと。二人が幸せではないのは俺のせいじゃないかと。」
違う、と言おうとして私は辞める。ルガル以外の否定に意味はない。
「だから、それを否定して欲しくて、ルガル君を探してたんですね。」
「……もちろん、心配だったさ。だがそういう気持ちが一切ないと言えば嘘になる。」
「パパ!!!」
入口から声が響く。私が振り返ると、ルガルとレイズが立っている。ルガルはルーグと目を合わせると、背中から大剣を抜き、構える。
「お願い……剣を抜いて!」
「ルガル……お前という子は……」
「今の持つ力を全部出す。それで説得する!パパだって無事じゃ済まないかもしれない。だから……」
ルーグは大きくフゥと息を吐くと、机にかけていた剣を持ち立ち上がる――しかしながら、剣は鞘に収まったままであった。その顔はいつの間にか、険しいものへと戻っていた。
「舐められたもんだ……お前は話が通じる魔物と戦うつもりなのか?」
「ッ!!も、もうどうなっても知らないから!!」
ルガルの剣に膨大な魔力が注ぎ込まれ、眩い光を放つ。
「『伝説想起』!!!」
ルガルの渾身の叫びが響くと同時に、大剣が変化する。華美な装飾を纏った、光り輝く魔力を纏った剣が顕現する。その場にいたほとんどの者がその美しい剣に目を奪われる中、ルーグは眉ひとつ動かさず
「……お見事」
と、私以外には聞こえないような声で一言だけ呟いた。
「うおおおおお!!!」
ルガルはそう叫ぶと、剣を振りかぶりルーグに突撃した。一瞬で詰められる間合いに、英雄ルーグとはいえ直撃は避けられない……と思った刹那
「ハァァァァッ!!!」
英雄は一喝し、手にした剣を鞘ごと振るい、ルガルを押し潰した。ルガルはそのまま地面へと叩きつけられ、その場所には小さなクレーターができていた。
「ルガル!!」
「ば、バカな!あれだけの攻撃を片手で……!」
私は慌ててルガルに駆け寄る。結果の派手さに反してルガルの命に別状はなく、私はホッと息を吐いた。レイズは入口で腰を抜かしてしまっていた。ルーグは黙ったまま足元のルガルを見つめていたが、剣を腰にさしながら口を開いた。
「男子三日会わざれば刮目せよ、とはよく言ったものだな。死地とはここまで、我が子を変えると言うのか。」
仁王立ちするルーグを見上げると、彼は優しく息子を見下ろしていた……そして、右頬に一筋の傷が走っていた。
「あ、血……」
「この子の伝説想起の剣圧が、俺の肉体を上回ったんだ。認めるしかあるまい……だからこそ、こうして止めたのだ。」
ルーグはそういうと、ルガルを肩に担いで立ち上がった。私は思わずルーグの腕を掴み、
「ちょっと、どこへ行くんですか!?」
「王都へ連れて帰る……息子が、迷惑をかけたな。」
「そんな……だってさっき、認めるしかないって……!」
「筋は通さねばならんよ。家の者への謝罪と冒険者を続けるための説得だ。……まあ、説得くらいは俺が手伝ってやるさ。」
「あっ……」
「分かったら、手を退けてくれないか。昔の知り合いに似ている君を傷つけるのは、なかなか忍びないものでね。」
私は思わず手を離してしまう。ルーグは私に目配せし、ルガルを連れてギルドを去った。私はその背中を見ながら、呆然と立ち尽くしていた。




