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プロローグ2

「さて……洗いざらい、全部話してもらいましょうか。」


 私が座ると同時に、ギルドマスターは両肘をつき鋭い眼差しを私に向ける。有無を言わさないプレッシャーにレイズの一行や受付嬢はガタガタと震えている。


「私の冒険者登録中にこの人たちの揉め事が聞こえましてね。ダンジョンの奥地で集団リンチやら任務の妨害やら……気に入らんことをしている連中だったんで、一発殴ってやろうと首を突っ込んだんです。」


 怯えるレイズ達を後目に、私はありのままを話した。それを聞いたギルドマスターは眉を顰めながら呆れたようにため息を一つつく。


「……そういったことは私たちの仕事ですので、次からはギルド職員に申し付けください。」

「はは、言いましたよ。そっちの受付嬢さんに……ねぇ?」


 私の言葉を聞いたギルドマスターは傍らで真っ青な顔をしている受付嬢へ視線を向ける。蛇に睨まれた蛙のように縮み上がった受付嬢を歯牙にもかけず、私は話を続けた。


「口論を止めなくてもいいのか?と尋ねたんですが、手が出てからで良いと言われました。ので、私が手を出すことにしましてね。」

「ちょ、ルリさん、それは……」


 ギルドマスターはハァとため息を一つつき眉間に皺を寄せ首を振る。受付嬢を軽く一瞥した後私の方へと向き直り口を開いた。


「ウチのギルドは喧嘩で人間同士が争うくらいなら、魔物の討伐にでも行きなさいって方針でやってるのよねぇ……まさかそれをこんなふうに解釈されるとは思っていなかったけど。」

「ギクッ」

「貴女の手を煩わせたのは謝るわ……だけど、さっきの魔法はやりすぎではなくて?」

「やりすぎ?」


 まるでピンと来ない私は思わず尋ね返してしまった。確かに室内をめちゃめちゃにしてしまったのは申し訳ないと思っているが、やりすぎというのはいまいち分からない……だって、


「あれはやっぱり、やりすぎなんですか?魔法使ったの、初めてで……」


 そこまで言った私は、皆が私を奇異の視線で見つめていることに気付いた。

 マズった……今のセリフ、すっごいイキリ野郎みたいじゃないか。妙な印象を植え付けてしまったか……とそんなことを考えていると、ギルドマスターが開いた口が塞がらないといった様子でなんとか声を絞り出した。


「初めてで、あんな魔法を……?」

「え、えぇ……。使ったのも、見たのも初めてだったもんで……」

「魔法を見たことがない!?そ、そんなことが有り得るのか!?!?」


 私の言葉にレイズも驚いたようで思わずいきり立って叫んでいた。ギルドマスターが咳払いで彼を制すると、落ち着いたレイズはゆっくりと椅子に腰掛け、ギルドマスターはそのまま静かに顎に手を当てたまま考える。暫く場を支配した沈黙に私はやきもきし我慢できなくなり始めたころ、ギルドマスターが徐に口を開いた。


「詳しい話を聞く必要があるみたいね……ルリさんと言ったかしら、私の部屋まで着いてきて貰える?」

「えぇ……」


 さっきの発言がまずかっただろうか……いや、どう考えてもあのドンパチが原因だろうな。とにかくどうやら、私は初日からギルドマスターに目をつけられたらしい。いやむしろこれはチャンスだ、このギルドマスターを味方につけるべきでは……?と私がそんなことを考えていると、俯いていたレイズが顔を上げ予想外の提案を発する。


「ギルドマスター、ボクも連れて行ってください!」

「……私は構わないけど、ルリさんの許可が必要だと思うわよ。」


 ギルドマスターは私の方へ視線を向ける。考え事をしていて何も聞いていなかった私は、


「え?あ、いいんじゃないですか?」


 とつい適当な返事をしてしまい、ギルドマスターとレイズと共に奥の階段を上っていった。



「単刀直入に聞きましょう……貴女は何者?」


 冒険者ギルド3階、階段を上り廊下の突き当たりにあるギルドマスターの部屋へと私たちは進んだ。部屋に入るなりギルドマスターは自分の椅子へ座り、そのまま両肘をついて私の方へと向き直った。


「何者……ぜひ、質問の意図をお聞きしたいんですが。」

「簡単な話です。貴女は魔法の存在そのものを知らないような口ぶりだった。詳しい年齢は分かりませんが少なくとも20歳は超えているように見える……魔法が使えないことはあっても、この世界でその歳まで生きてきて魔法を知らない人間はいません。それに、アイバラ・ルリと名乗ったそうですが……家名が名前より先に来るのは非常に珍しいと思いまして。」


 どうやら、この世界では魔法というものはかなりありふれた技術であるらしい。その知見の無さが怪しまれた要因となると、魔法が一般的じゃない都市から来たと誤魔化せばいいかな……まあ、嘘ではないし。


「じ、実は、魔法をほとんど使わない村から上京してきたんです!ハ、ハハ……」

「……なるほど。確か魔族領の方角から来られたそうですが、そんなところにある人間の村が魔法なしで魔物や魔族にどう抗うのでしょうか?」

「むぐっ……」


 くそっ、ギルドに着いた時も見られていたらしい。ギルドマスターの眼光が鋭くなる。これ以上はもう誤魔化せないようだ。仕方ない……もともと彼女とは対立するつもりもなかったんだ、と私はレイズとギルドマスターに全てを話すことにした。


「えぇっ!!」

「違う世界……?」

「ええ。ギルドマスターの言葉を借りれば、私はこの世界で生きてきたのではない、ってことになりますね。」


 二人は目を大きく見開き、戸惑いを見せている。しかしギルドマスターは直ぐに平静を装うべく、眉をひそめ口元に手を重ねる。そしてゆっくりと口を開いた。


「荒唐無稽な話……だけど、この世界のどこかの出身と言われるよりは、辻褄が合うわね。」

「まあ、本当のことですからね。」

「それで、ルリさんは元の世界に戻りたいのでしょうか?」

「……戻る方法があるのでしょうか?」

「私には分かりませんが……もしもあるなら、です。」

「……」


 ギルドマスターにそう言われ、私は思わず思案する。父母や兄弟をはじめ置いてきた人達ややり残したことが次々と思い浮かんでは消えていく。最後に思い浮かんだのは、親友の女の顔……それは私の心の臓をがっちりと掴み、私の口を一時的に支配した。


「謝らなければならない人が……一人だけ。」

「分かりました。私の方でもいろいろと調べてみます。ところでルリさん、行くあてはございますか?」

「いえ、こちらに来たばかりで金も寝床も……」

「分かりました、少々お待ちを。」


 ギルドマスターは紙を二枚取り、インクのようなもので何かを書き記していく。その様子を私とレイズは息をのみ見つめていた。やがて書き終わったギルドマスターは席を立ち、私とレイズにその紙を一枚ずつ差し出した。受け取った紙を見た私は思わず悲鳴をあげる。


「しゃ、借用書ォ!?!?」

「貴方達に一階の修理代を請求させていただきます。」


 いちじゅうひゃくせん……に、250万、と書かれたその借用書を握りしめ私は深い絶望と共に膝をついてしまう。その様子を見たレイズはギルドマスターに涙目で訴える。


「な、なんでボクも……」

「もともとは貴方のいざこざから始まったんでしょう、レイズ。」

「だとしてもこんな額、Aランクじゃ無理だよ……」

「大丈夫です。貴方達のパーティーにルリさんを入れます。」

「「えぇっ!!」」


 驚きのあまりレイズの声と被ってしまう。レイズはこちらをキラキラとした瞳で見つめていた。ギルドマスターはさらに話を続けた。


「このギルドに登録されているルリさんを、私が直接雇います。期限は借金の返済、もしくは元の世界に戻る方法が判明するまで。ルリさんには私の家の一室に居候していただき、一般の冒険者の依頼に追加して私が斡旋する依頼をこなしていただき、依頼の報酬の5%を返済分として支払っていただきます。」


 ギルドマスターの言葉に私は目を丸くする。現状、異世界に飛ばされて早々に借金を背負わされることくらいしかデメリットがないどころか、衣食住の保証、街の有力者の後ろ盾、適正ランクを超えた依頼の横流し……って、至れり尽くせり極まって怪しすぎるくらいだ。といっても、これを断ってしまったら生きていけないだろうし、受けざるを得ないのだが。

 私はギルドマスターにペンを借り、借用書にサインをする。レイズもそれを見てしぶしぶサインしギルドマスターに紙を渡すと、彼女は机に置いてあった仰々しい印を魔力を込めながら捺した。


「わっ、眩しっ!」

「ああ、魔力の流れが見えるんでしたね……すみません。」


 私が思わず目を隠しながら顔を背けると、ギルドマスターが軽く謝罪した。やがて強い光が収まりギルドマスターの方へと目を向けると、彼女の目の前の紙は青く怪しく変色していた。


「その印……なんなの?」

「フォーゲルの印です。王族が重要文書に使うものですね。」

「王族の重要文書……え、貴女こそ一体何者なの?」

「あら、自己紹介がまだでしたか……ごめんなさいね。私、女王アドネリア・フォーゲルが三女、アルマスト・フォーゲルと申します。」

「え、ええええええええ!!!」


 私の絶叫がギルド中に響き渡る。淡々と王女であると正体を明かした彼女に絶句し思わず腰を抜かした私を見下ろしながら、アルマストはニコニコと微笑んでいた。


「それではルリさん、これからよろしくお願いしますね。」


 転移早々、王族に借金をするどころか衣食住の生命線を握られてしまった……私はゆっくりと立ち上がり、満面の笑みで手を差し出すアルマストの手を取りながら、張り付けた笑顔のまま


「こ……こちらこそ、お世話になります。」


 と、震える声色で言うしかなかった。

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