Ep.17 親バカの心、子知らず⑦
「ルガル・ユールゲンを知っているのだな?」
ザイリェンの冒険者ギルド内部、依頼の掲示板の前で仁王立ちしていた大男がこちらに狙いを定め歩いてくる。ばちばちと摩擦が音を立てるような威圧感が迸り、私はレイズを守るように腕で庇う。目に映る魔力、肉体、そしてそこから推察される経験値の絶対的な乖離……どうしようもないほどの『格上』に私は固唾を飲む。
「知ってたら……どうするわけ?」
「居場所を吐いてもらうまでだ。とはいえ、手荒な手段は俺も好まない……特に、貴様のような黒髪の女にはな。」
「お気遣いどうも。でもお生憎様ね、私はそんなに簡単に友達を売る女じゃないの!」
私は懐からナイフの魔道具を取り出し、全力で飛びかかる。命までは奪うつもりはない……狙いを腕に定めて間合いを詰め、ひと息にナイフを突き出した。しかし私の一撃は、男の鎧一枚通すことなく跳ね返されてしまう。
「きゃっ!」
あっさりと押し返され思わず尻もちをつく私。大男はそんな私を苦い顔で見つめていたが、すぐにレイズの方へと向き直り口を開く。
「さて……君はどうする?大人しくルガルの居場所を言えば見逃すつもりだが。」
「ボ、ボクは……」
まるで歯が立たなかった私を横目に見ながら、レイズは不安そうにおどおどと縮こまってしまう。ギルド内部の注目もこちらに集まり、冒険者達や事務員達にも動揺が広がっている。ざわざわと騒ぎを増す中、私とレイズの後方の扉がギイと開いた。
「えっ!?」
「あっ……」
「ルガル……あんた、間が悪いわね……」
扉を開けたルガルは目の前の騒動に驚き、そして大男に目が釘付けになる。顔の血の気が引いていき、表情も険しくなっていった。
「パパ……なんでここに……」
「「ぱ、パパぁ!?!?」」
緊張感を吹き飛ばすように、私とレイズの大声が響いた。
冒険者ギルドのロビー。テーブルを挟んで私はルガルの父親――英雄ルーグ・ユールゲンと相対していた。隣にはルガル、その向こうにレイズが座っており、構図としては3対1なのだがそんなものはまるで関係なく、放たれる威圧感は分散されることなく心身に突き刺さる。
「……柔らかい椅子には、いつまでも慣れないものだな。」
「え、えぇ……。」
ギルドの事務員たちは大男の正体が英雄ルーグだとわかった途端、裏から賓客用の高級そうな椅子を用意しそこにルーグを座らせ、態度も一層恭しくへりくだるようになった。そうして作られたいたたまれない空気の中、ルーグの物言いに私は苦笑いをするのが精一杯だった。
「どうやら俺は、君たちに謝罪をしなければならないようだ。」
「え……?」
「息子が迷惑をかけたようで……本当に申し訳ない。こちらからもしっかりと叱っておく。」
「いやそんなことは……」
私はそう言いながら、横目で隣のルガルを見る。ルガルは俯き目に涙を溜めながら膝の上でこぶしを固く握っていた。レイズもどうやらそれに気付いたようで、机の下で手をそっと重ねていた。ルーグは大きく息を吐くと、徐に立ち上がりながら再び口を開いた。
「さて……王都に帰るぞ、ルガル。」
「ちょっと、ルーグさん。それは……」
「家の者も皆心配している。魔族との争いが終わって久しいとはいえ、まだまだ子供のお前には危険が多い。それに、近頃は何やら教会も動く事態も増えているというじゃないか。」
「教会……」
「修道士にツテがあるんだが、そいつ曰くの話だ。とにかく、ルガルは連れて帰らせていただく。」
ルーグはそう言って、ルガルの手を掴もうと腕を伸ばす。私はその手を制するように止めた。
「何の真似だ?」
「いいえ、どうも仕事柄、子供が嫌がっていることを無理やり進める大人というものを見ると我慢できなくてですね。」
「仕事……?」
「まあ、昔の話です。」
「仕事程度の関係で、家庭の話に首を突っ込まないでいただこうか!」
「関係値なんて関係ない!一人の大人として、ルガル君の意思を無視した決定をみすみす見逃す訳にはいきませんから!」
思わず立ち上がり、私とルーグは一歩も譲らず睨み合う。やがてルーグは我慢の限界を迎えたように、大きな声で叫んだ。
「この子はまだ、自分が周りにかけている迷惑を分かっておらん!黙って家を飛び出したかと思えば、王都から馬車で何日もかかるザイリェンで日雇い労働に等しい冒険者稼業など、家の者が聞いたらなんと思うか……。それに、こっちで生活しているのなら宿を貸してくださっている方だっているだろう。食を手配してくださっている方だって、冒険者のパーティーを組んでくださっている方だっている。その方達にも迷惑をかけて……」
「うるさい!!パパの馬鹿!!だいっきらい!!!」
説教する父親の目の前でルガルは激昂し、机をバンと叩きながら立ち上がると、凄まじい勢いで冒険者ギルドを飛び出した。
「レイズ!」
「分かってる!!」
私は咄嗟にレイズに合図を出し、レイズはルガルを追いかけるべく走り出す。私も後を追いかけようとした次の瞬間、目の前の大男が机に突っ伏すように倒れ込んだ。
「あぁ……ルガルに嫌われたよ……」
「は……えぇ!?」
それまでの威圧感が嘘のように萎んでいくルーグを見て驚きのあまり、私は足が止まってしまった。




