Ep.15 親バカの心、子知らず⑤
「ベルジオ商会は様々な年齢、性別、場面に応じた服飾を取り扱っております。1階が成人女性とお子様向けの商品、2階が成人男性向けの商品、3階は飛ばして4階に公的な場面で着るための服をご用意しております。」
ベルジオは商会の階段を上りながら私たちに向けてそう解説している。その話を聞きながら私は彼の後ろを着いて歩いていると、さらに後方からレイズがベルジオに尋ねた。
「3階は何があるんですか?」
「それは見てのお楽しみ、と言ったところでしょうか。ただいま我々が向かっているのがその3階ですので。」
ベルジオは顔だけこちらに向けてそう微笑む。改めて彼の顔をよく見つめると、爽やかさを感じる大きな黒い目に高い鼻で随分若く見える。ソイルバートで見たエルフの親子ほどでは無いが、肌も綺麗でかなりの美形だ。まるでテレビの登場人物を見るような目でじっと顔を覗き込んでいた私に、ベルジオは訝しむように尋ねた。
「何か、私の顔についていますか?」
「あ、ああいや、お気になさらず!」
「なら、いいんですが……」
「ちょっとルリ」
レイズはそう言って私の服の裾を引っ張る。私が振り向くとレイズは内緒話をしようと言わんばかりに口元に手を当てて、手をこまねく。
「ベルジオさん、既婚者だから手を出したらダメだよ。」
「……あなた、私がベルジオさんに惚れてたとでも思っていたの?」
「え、違うの?」
「まあ、イケメンだなぁとは思ってはいたけど。」
「思ってるんじゃん。」
「手の届かないイケメンに惚れたって無駄でしょ。テレビ……は通じないか、例えば……王様とか勇者様とかがすごいイケメンでも、かっこいいって思っても惚れるのはまた別の話でしょう?」
「なんか、分かるような分からないような……」
「お二人とも、着いたわよ。早くこちらに来てちょうだい。」
レイズが首を捻りながら唸っていると、ベルジオが咳払いをしてそう言った。私は声の方へと顔を向けると、階段の踊り場から伸びた廊下の奥の部屋の前でベルジオが扉に手を掛けていた。私とレイズは少し小走りでベルジオに追いつくと、ベルジオはゆっくりと扉を開いた。
部屋には応接用の机と長椅子が置いてあり、その奥にはいかにも社長が座るために作られたと言わんばかりの大きなオフィスチェアと机が配置されている。部屋の両脇には棚とガラスケースが敷き詰められており、見るからに重要そうな書類とキラキラと光る記念盾やトロフィーのようなものが飾られている。その荘厳な雰囲気に圧倒されていると、店に入った時の女性店員が私とレイズを見て言った。
「あら、レイズ様もお越しでしたか……それでは、不足分のお紅茶を用意して参ります。」
「いや、私の分を飲んで貰えばいいわ。エレスは売り場に戻ってちょうだい。」
「ですが……、いえ、承知しました。失礼します。」
エレスと呼ばれたその店員はベルジオに促されるまま、一礼し部屋を出た。ベルジオはエレスを見送ると応接間の扉を閉めて手前の長椅子に腰を下ろし、目の前のティーカップを向かいに動かす。
「どうぞ、座ってくださいな……レイズさんにルリさん。紅茶も冷めてしまいますから。」
「では、お言葉に甘えて。失礼します。」
私はベルジオに軽く一礼し、彼の向かいの長椅子に腰をかける。それを見たレイズもあたふたしながら私の隣に座った。ティーカップを手に取り、そっと口付けるように紅茶を口に含む……それを見計らったかのように、ベルジオは口を開いた。
「良いお茶でしょう?商会のコネクションで厳選した茶葉を、信用できるルートから仕入れております。扱いが難しく、冷めると味が少し落ちるのが難点ですが。」
「そんなことより、用件を伝えて貰えるかしら。できれば服も買いたいし手短に。」
「いいえ、重要なステップでしてよ。それに、ルリさんにとっても悪い話ではないので。」
ベルジオはそこまで言うと咳払いをし、再び口を開き語る……低い、男の声で。
「単刀直入に言いましょう。ルリさん、私の商会に来ませんか?」
「むぐっ……ごほっごほっ!!」
ベルジオの言葉を聞いたレイズが、紅茶でむせて咳き込む。なぜ当事者よりも慌てているんだろうか……まあ、おかげで私は冷静になることができるけど。
「だ、ダメですよ!ルリさんは私たちと冒険者になるんですから!!」
「魔力を見ることができるという噂は聞いておりました。そして先ほど、その噂が本当だと自ら証明して頂きました。我々商人にとって魔力とは情報、情報は命よりも重きモノ……それ故に、唯一無二の情報源になりうるルリさんの力は天下を左右する力になり得ます。危険に不慣れなルリさんにとっても、冒険者よりは魅力があると思いますが。」
「そんなこと……」
「危険に不慣れって、どうしてそう思ったのかしら?」
「私服の綺麗さ、足運び、素直さ、です。私もこの街に来てから長いので、熟練の冒険者には見覚えがございますゆえ。」
ベルジオの回答を聞いた私に悪寒が走る。不気味な雰囲気を湛えた笑顔に私は眉を顰める。私は苦笑いしながら言葉を続ける。
「そうは言っても、ギルドマスターに借金していまして……」
「なるほど、いくら出せば良い?」
起死回生の一手は、空振りに終わった。




