Ep.9 鷹が鳶を生んじゃうことだってよくある⑨
ソイルバート教会、マルキスの部屋にて私は爛々と輝く愚者の石を暫くじっと見つめていた。放たれる強烈な魔力の光と不自然に交錯している魔力の軌跡の残滓が、私の脳裏に焼き付いていく。
「全く、久々に見たけど……物騒だよね。」
「噂には聞いていたのですが、私も見たのは初めてです。」
ガステイルはやれやれと呆れた表情でつぶやき、マルキスは手袋をして愚者の石を持ちまじまじと見つめながら語る。愚者の石にピンと来ていない様子のレイズがマルキス達に質問する。
「あの、愚者の石って……?」
「もの自体はただの魔道具さ。魔力回路に魔力を流し込むことで予め刻み込まれた魔法を発動させる……。このとき、魔力が足りていないとどうなるかという話だが、君はどうなると思う?」
「それは……発動しないだけ、では?」
「その通り、普通の魔道具はその『魔力量不足時に安全に魔法不発処理を行う』回路からまず作られる。少なくとも市場に出回っている魔道具はね。まず愚者の石にはそれがない。」
「え……?」
魔力量不足時の回路……確かに私のナイフにもよく分からない回路が裏に隠れていたような、そんな気がする。しかしそれっていわゆる安全装置みたいなもので、それがないって一体どういうことなのか……そんなことを悶々と考えていると、ガステイルが言葉を続けた。
「こいつは魔力を未来から前借りして強引に発動するのさ。アタラクシア周辺の山から取れるある鉱石を呪法で加工して作るんだ。賢者の石はご存知?」
「必要な魔力を込めればどんな魔法も使えるようになる魔道具、ですよね。」
「な、なによそれ……そんなものが本当にあるわけ?レイズ。」
「そんなわけないじゃないか。ボクだっておとぎ話でしか聞いたことないよ!」
「その通り……かつてそのおとぎ話の絵空事を真面目に実現しようとした奴らがいたんだ。"愚者の石"はその産物ってこと。」
ガステイルはそう言って石をマルキスから受け取ると、懐にしまい込んだ。マルキスは改まって私たちの方へと向き、深々と頭を下げる。
「この度は月光狼の討伐、誠に感謝します。報酬はギルドを通してお支払いします……今日はもう遅いですから、この辺で。」
「待って……ガステイルさんはその石、どうするつもり?」
「まずは王都に持ち帰るかな。多分そこからオルデアに行く羽目になるだろうけど。」
「オルデア……って?」
「魔法の学術研究が盛んな都市さ。学者連中にしてみれば喉から手が出るほど欲しい研究対象だろう。それに、オルデアの連中でこんなものを使う奴らに心当たりがある。」
ガステイルの言葉に、場の空気が緊張する。私は息をのみ、その心当たりのある連中とは何者なのかをガステイルに問いただそうとした。しかし、
「父さん、まさか……!」
マルキスの方が一手早く、やや強い口調でそう言い放った。ガステイルはしばらくマルキスを見つめ沈黙していたが、やがて大きくため息をついて言った。
「……まだ、容疑の段階にすぎんよ。君たちに話を回すときは、全てがきちんと確定してからだ。」
「そんな!どうしてですか!」
「決まっている……もしも犯人が考察通りなら、Aランク冒険者など足でまといに過ぎん。それも、月光狼程度に対応しきれないパーティはな。」
「それは……」
「とにかく、俺から話せることはここまでだ。君たちにできることはせいぜい、時が来るまでに冒険者ランクを上げておくことだな。さ、帰った帰った。」
ガステイルはそう言って、私たちを教会から押し出した。レイズとルガルはなんとか抵抗しようとしたものの歯が立たず、諦めて宿まで歩いた。
「やっと帰ったか……」
窓からその様子を見ていたガステイルが、呆れたように呟く。マルキスは空になったガステイルのカップにお茶を入れながら言った。
「ネオワイズ盗賊団、ですね。」
「……愚者の石には"催眠"に類する魔法が仕込まれていた。それで狼たちを操っていたんだろう。その魔法に少し心当たりがある。」
「心当たり?」
「アムリスの件でネオワイズ盗賊団を調査していたんだ。そのときに……」
「母さんの!?」
マルキスはアムリスの名前に驚きを隠せず、勢いよく立ち上がった。しかしすぐに我に返り、少し慌てながら再び座った。
「すみません、父さん。」
「……突発的な魔族発生事件の討伐に出たっきり、二年近く行方不明なんだ、取り乱すのもわけはない。」
「それで、そのネオワイズ盗賊団が今回の件と母さんの件の両方にかかわっているんですか。」
「……ルリちゃんにはああ言ったが、もうほぼ確定だな。あとは物証だけ。」
「だったら、ルリさん達の力も借りたらよかったじゃないですか!」
「相手はアムリスを監禁できるほどの勢力だぞ。はっきり言ってあの子達を守りながら戦える保証は全くない。それに、魔族発生事件のことも調査しなければならない。だから今は時期尚早なんだ。」
ガステイルの説得に、マルキスは眉を顰め暫く思い悩む。そして再び口を開いた。
「アルは、それで納得しているんですか?」
「ああ、むしろ魔族も盗賊団も全て斬るって息巻いてるよ。」
「はは……想像できるなぁ。」
マルキスは苦笑いを浮かべ、椅子の背もたれに脱力してもたれかかる。ガステイルはお茶を一気に飲み干すと、愚者の石を仕舞って立ち上がる。
「父さん。」
「なんだ?」
「たまには、連絡くださいね。アルにも、よろしくお願いします。」
マルキスは釘を刺すようにガステイルを見つめて言った。ガステイルはやや不機嫌そうに顔を歪めて呆れたように口を開いた。
「分かったよ、仕方ねえ。」
そう言いながら、ガステイルは教会を去っていった。




