Ep.8 鷹が鳶を生んじゃうことだってよくある⑧
「ガステイル……って、魔王を討伐したっていう人!?」
辺りに狼の死骸が散らばる中、私は突然現れた助っ人に驚愕の視線を向ける。その少年の体からは凄まじい魔力の光が放たれ、思わず私は目を細めた。だが、
「眩しい……でも妙ね、光源が1つじゃないように見えるけど……」
「なるほど、君が魔力が見える子だね。ソイルバートでわけは話すから、今は黙っててくれないかな。」
「なっ……」
ガステイルはあからさまな作り笑いを張り付け、私を牽制する。美しい少年の見た目から予想だにしなかった威圧感に、私は思わず言葉を詰まらせる。そこへ素材の回収を終えたレイズとルガルが戻ってきた。
「あれ、ルガルくんじゃないか」
「え?ガステイルおじさんがなんでここに!?」
「おっ、おじさんって……ルーグのやつにきつく言っておかないと……」
「そ、そうだった!パパ、僕のこと何か言ってた?」
「えぇ?最近会ってないからなぁ……ちょっと、いろいろあってね。」
ルガルとガステイルがそんな会話を交わしていると、ルガルの隣からレイズが私の方へとゆっくり近付き言った。
「ねえルリ、あの人が本当に……?」
「そうらしいわよ。」
「らしい?」
「ええ。」
私がそう言葉を濁すと、ガステイルがちらとこちらへ目配せする。どうやらというかやはりというか、この会話もちゃんと聞かれていたようだ。エルフの聴力、恐るべしだな……。
「いやいや、ルリは魔力で分かるでしょ?」
「まあ……うん。」
そんな事情などつゆ知らず、レイズは私を問い質す。私は返事を濁しつつルガル達の方へと向かおうとする。
「あ、おい!」
「ソイルバートで全部説明してくれるんだってさ。マルキスへの報告もあるし……」
「いやそうじゃなくて、信用しても良さそうなのか?」
「それはまあ、ルガルの様子から分かるでしょ。昔からの知り合いなんでしょ?」
「……まあ、それもそっか。」
レイズはそう言って渋々私の後ろについて歩いた。
私たちはガステイル達に合流した後、彼が用意していた大きな馬車に乗ってソイルバートへと戻った。街に到着する頃には日は完全に落ちており、私たちは一度宿に荷物を置くためにガステイルと別れ、再び教会で落ち合うことにした。
「……私の手で、狼を焼き切った。」
私は荷物を解き、ベッドに腰掛けながら魔道具のナイフを見下ろしていた。炎の魔法が込められた回路に残った魔力の残滓が、川面にチカチカと瞬く光のように目に突き刺さる。私はフゥと大きく息を吐きながら、ナイフをゆっくり下ろした。すると、
「ルリ、そろそろ行こうよ。」
とノックと共にレイズの声が届いた。
「ああ、うん。」
とりあえず返事をした私は、ナイフをベッドの上に置いて立ち上がり、部屋のドアを開ける。レイズ、ルガル、リッサが私を待っていたようだった。
「ルリ、おそーい!」
「ハハ……ごめんね、リッサ。」
「大丈夫?」
「うん。ありがと、ルガル。」
そんなことを掛け合いながら私たちは教会に向かった。
「来たか。」
「……お待たせしたようね。」
レイズの用意したランプを頼りに教会へと辿り着くと、ガステイルが既に教会の前で立っていた。ガステイルはニコリと口角を上げ、
「ふふ……その受け答え、25年前を思い出すよ。」
とまるで訳の分からないことを言って教会の扉をノックする。ゆっくりと開く扉からマルキスが顔を出す。
「あぁ、父さん。遅かったですね……って、ええ!?」
マルキスはガステイルの後ろにいた私たちを視認すると同時に目を大きく見開き驚いた。
「なぜレイズさん達と父さんが!?」
「帰りに拾ってやったんだ。ちょっとピンチだったみたいでな。」
「あ、あれは、急に群れに囲まれたから……」
ピンチという言葉に反応したレイズの言葉に、マルキスは深刻そうに眉に力を込める。そして少し考えたような素振りを見せたあと、
「とりあえず、中で話を聞きましょう。」
そう言って扉を大きく開きながら教会内部へと私たちを招いた。そのまま奥にあるマルキスの自室へと進み、私とレイズは今回の狼討伐の報告をした。
「確かに、月光狼がそのように罠を仕掛けるのは初めて耳にしました。高い知能を持つ何者かがいる可能性はありますね。」
マルキスは私たちにお茶を出しながらそう答える。私より狼に詳しい彼の裏取りが取れたことで、私は警戒心を強める。マルキスはガステイルに向かって口を開いた。
「ということらしいです。父さん、出発地点に怪しい人物とかいませんでしたか?」
出発地点という聞き慣れない言葉に、私は思わず反応する。
「出発地点?」
「はい。ルリさん達に狼討伐をさせている間の調査の話です。父さんには狼達の群れの出発地点を、私は現在の群れの様子を探っていたんです。」
「そういうこと。だから俺は出発地点を探索して、お目当ての物を見つけた帰りに君たちを見つけたから助太刀したってわけさ。」
私の質問に答えるマルキスに割って入るようにガステイルがさらに説明を付け加える。
「まさか、お目当ての物って!?」
「君たちの推理通りだよ。あの狼たちは何かに操られている……けど、出発地点に怪しい人は無かった。そして、ルリちゃんが検知した俺の魔力の"違和感"……。」
ガステイルはそういって懐を探り、中から丸い石を取り出す。その石からはガステイルとほぼ同等の魔力の光を放っていた。マルキスはその石を見るなり豹変し、ガステイルに向かって叫んだ。
「これって、まさか!!」
「こいつが現場にあった怪しいモノ……そして、ルリちゃんの違和感の正体、俗っぽい言い方をすると"愚者の石"ってヤツさ。」
「や、やっぱり……!」
妖しく赤紫に光る"愚者の石"を睨み険しい表情を浮かべるマルキス。私は"愚者の石"に時を奪われたかの如く、その魔力に気圧され佇むのみであった。




