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プロローグ1

「え、いきなりAランク!?」


 街中の冒険者ギルドにて、私――藍原(アイバラ) 瑠璃(ルリ)は思わず受付嬢に向かって叫んでいた。受付嬢は困惑した眼差しで私を見つめ、


「は、はい。特に目立った実績のない新人冒険者様は例外なく、最低ランクのAランクからスタートする仕組みになっております。」


 と、丁寧に……もとい、迷惑な客をあやすかのように説明してくれた。ん?Aランクが最低ランク……?


「Aランクが最低ランクってどういうこと?普通はGとかFとかからスタートして、Aランクって冒険者みんなの憧れ……なんじゃないのか?」

「まさか!逆ですよ逆。ABCD……って進んでいくので、Aランクが一番下に決まってるじゃないですかぁ。常識ですよこんなの。」

「あ……あぁすまない。ちょっとこの街に来たばかりで、そういうのに疎いんだ。ハハ……」


 呆れたような受付嬢の視線が突き刺さる。仕方ないだろう!この街に来たばかりどころか、この世界に来たのもついぞ1時間前くらいなんだから!

 1時間前、久しぶりの休日に私は近所のGE〇へ向かい、中古のゲームを何本か購入した。


「ありがとうございましたー!」


 店員のよく通る声を聞き流し、ゲームに思いを馳せながら店外に足を踏み出した瞬間、


「え……?」


 目の前に見知らぬ草原が広がっていた。慌てて後ろを振り返るがそこにGE〇はなく、目の前と同じような草原が地平線まで続いていた。辺り一帯に人の影はなく、手に持っていたはずのゲームも消えてしまっていた。


「なにこれ……ここどこ!?」


 私はテンパりながら辺りをぐるぐると見回す。すると右手の方に土煙が上がっているのを見つけた。私はそこに向かって全力で走り出す。10分ほど走り土煙の正体――中世を舞台にしたお話に出てくるような馬車に鉢合わせる。御者の男が私に気付いたようで馬を止め、私の方へと顔を向けてくれた。


「あの……すみません、ここがどこか教えてもらえませんか?」

「◎△$♪×¥●&%#……」

(やっば、何言ってるかわからん……)


 聞いたこともない言語で話す御者に私は苦笑いを浮かべながら相槌を打つ。日本語か最悪英語なら少しはなんとかなるのに……とそんなことを考えながら御者の言葉を聞き流していると、唐突に


「ここか?ここは魔族領との国境付近だ。」


 という男の声が脳内に響く。思わず私は腰を抜かし尻もちをついた。不思議そうに手を差し伸べる御者の男を愛想笑いで制しながら立ち上がり、私は再び彼に尋ねる。


「魔族領……?魔族って、なんです?」

「おいおい姉ちゃん、魔族も知らないって今までどうやって生きてきたんだ?説明してやっから、後ろに乗りな!」

「え……あ、それじゃお言葉に甘えて……。」


 私はそう言って御者の男に一礼し、後ろの荷台へと入っていった。彼によるとこれからザイリェンという都市に向かうらしい……聞いたことない地名だなと思いながら私はぎゅうぎゅう詰めの荷台で肩を細めながら、御者の男の話を聞く。

 彼の話によると、魔族と人間はかつて争っていたらしく、当時の姫様によって先代の魔王が倒されて平和が訪れたって設定らしい。なんだそれ、ありがちなRPGみたいだな。てか、姫様強いな。


「いや……うん。私は好きだよ、そういう話。」

「何の話だ?」


 とぼける男を後目に馬車に揺られること30分、馬車が門の前で停止した。戦記モノの話で見るような仰々しい石造りの城壁に巨大な木の門、ここでようやく私はこの状況に対してひとつの疑問を投げかけることに成功する。


「あの、もしかしてここは……日本じゃない感じですかね?」

「ニホン?ここはザイリェンだって言ってるじゃないか。」


 男から返ってきた答えは、予想通りでなおかつ一番求めていなかった答えであった。日本を知らない、聞いたこともない言語、そして魔族という存在……もしかしてここって、私の知らない異世界ってこと!?GE〇の薄いガラス扉を抜けると、そこは異世界でした……?


「おーい、ギルドはそっちじゃないぞ。」


 愕然とし思わずふらふらとした足取りで彷徨う私に御者の男が声をかける。ギルドって何のギルドだよとは思ったが、行くあてもなければコネはもっとないので彼についていくことにした。

 20分ほど歩くと、街の中でも比較的目立つ大きな建物の前に到着した。日本でいう役所のような大きな建物に忙しなく人が出入りしている……その様子を私は圧倒されながら見上げていると、御者の男がポンと肩を叩いて言った。


「ここがギルドだ。それじゃ俺は、これから仕事があるから。頑張れよ、冒険者サマ!」

「え……?」

「いやぁなかなか分かりにくかったが、そんな奇抜な格好で危険な魔族領付近をうろついているとなりゃ、冒険者以外有り得んよな。初めて聞いた都市だが、ニホンっていう遠いとこから依頼でここに来たんだろ?」

「い、いやいや……」

「んだよ、水臭いな!代金なんて要らねえよ!そんじゃ、俺はこれで!」


 私の否定も虚しく、男はそう言って馬に跨ると再び来た道を戻って行った。奇抜な服……いや確かにオーバーサイズのシャツにルームパンツって変だしそれどころか周囲にそんな服着ている人誰もいないけど、こんな格好で冒険者って馬鹿じゃん!?!?というか冒険者って何よ……それならここは冒険者ギルドってこと!?私はごくりと息をのみ、改めて冒険者ギルドの建物を見上げる。


「……どうせ行くあてもないし、話だけなら、ちょびっと聞いてみようかな。」


 そう呟きギルドのドアを開け、今に至る。身分証にもなるからと言いくるめられついでに冒険者登録をしているところだが、やはりAランクが最低ランクというのはとても違和感がある。


「では、ここにお名前を……はい、アイバラ ルリさんですか?変わったお名前ですね。」

「あはは、まあ……よく言われますよ。」

「得意魔法はなんですか?」

「まほっ……え!魔法!?魔法が使えないと登録できないんですか!?」

「い、いえ……そんなことはありません!別に登録されてから魔法を勉強された方もいますし、ただ……」


 受付嬢はそう言葉を濁しながら目を逸らす。私は不思議に感じてその方向を見ると、見るからに貧相な3人組が屈強な男たちに囲まれ縮こまっていた。


「よぉ!万年Aランクの貧弱冒険者ちゃんことレイズじゃないか!」

「……クライス、何の用だ?」


 レイズと呼ばれた貧相な方のリーダーが、クライスと呼ばれた屈強な方のリーダーらしき男の前に立ちはだかっていた。


「つれないなぁ、ゼレベスから上京して一緒に冒険者になった仲なのによぉ!」

「その後魔法が使えなくて冒険者ランクが上がらないボクを足でまといだと切り捨てた男が何を言っている?」

「仕方ないだろう?苦渋の決断だったんだ!俺はDランク冒険者としてよりレベルの高いDランクの依頼を受けたいが、Aランクから一切昇格しないお前と一緒だと受けられない……だから俺は仕方なく、お前と袂を分かったのさ……愛別離苦とも言う。」

「愛……?偽りの依頼をでっち上げ、ダンジョンの最奥で集団リンチをした挙句、生還後もボクの依頼の邪魔をし続けたことが愛だって……?」


 レイズと呼ばれた少年が激昂し、立ち上がってクライスを睨みつける。それにしても、相変わらずランクに違和感を覚える。貧相な方がAランクで屈強な方がDランクって言っているんだが、まるで実感がわかない。私はふうとため息をつき受付嬢に目配せをする。


「あぁ……まあ、よくあることですよ。田舎から友達と冒険者になるため上京し、片方は才能に恵まれ2年でDランクの快進撃、もう片方は武術も魔法もてんでダメで落ちこぼれる。ランクという分かりやすい基準があるからこそでしょうけど、なんであんなに冒険者にこだわるのか……理解に苦しみます。」

「あんたは止めないのかい?」

「この程度の口論はよくあることです。手が出始めたら上の者を呼べば十分です。」

「ふぅん……」


 私は生返事をしつつ、契約の書類にサインする。


「ちょ、ええ!?今の流れでそれサインしちゃうんですか!?」

「ん?」

「こういうのもなんですが、魔法も使えないどころか冒険者のランクシステムも知らないような方が冒険者になったとて、良くて彼らの二の舞か……最悪あっさり犬死にですよ!」

「……大丈夫だよ、昔から運だけはいいからさ。」


 まあ、本当に運がいいならこんなことに巻き込まれたりしないと思うんだけどね……私は書き終えた書類を受付嬢に渡し、クライスたちの方へと歩みを進める。


「おやめなさい!無謀ですっ!!」

「……判官贔屓、ってやつかもね。」

「ホウ、ガン……?」

「なんであれ、気に入らないからさ。一発殴ってくるよ。」

「ちょっと!ダメですってば!!」


 受付嬢の制止も聞かず、私はクライスの正面に立つ。恐らく182か3cm程はあるクライスの顔を見上げ睨め付ける。


「……誰だ?」

「さっき冒険者になったばかりの者だ。よろしくな……Dランク止まりの先輩。」


 私の挑発に、クライスは目の色を変える。しかしそれ以上に、後ろにいたクライスの仲間が眉を釣り上げ私に詰め寄ろうとする。


「てめぇ……生意気な女だな!!」

「よせ」


 クライスは仲間を手で制しながら、私をじっと見つめ鼻で笑った。


「なかなか活きがいい女じゃないか……だが、冒険者たるもの、喧嘩を売る相手は選ばねえとな。」

「はは、あんたであってるよ。あんたの話で気分が悪くなってね……だから、一発殴ってやろうかと。」

「……忠告のつもりだったが、とんだ馬鹿女だったか。」


 クライスからゆらりと滲み出す殺気に私が身構えた瞬間、私の眼前に大きな火球が現れる。間合いを取るべく一歩下がろうと意識した瞬間、その火球は私に衝突し爆発を起こした。爆風で飛ばされた私はギルドの机と椅子を散らしながら勢いよく壁に激突し、思わず膝をついた。


「な……なんだ、今の……」

「おいおい、火炎の弾丸(フレイムシュート)すら知らないヒヨっ子かよ……そんなやつがよくもDランクごときとバカにできたものよ。」

「フレイム、シュート……」

「ただの初級魔法さ……俺ほどになれば初級魔法でもこれだけの威力となる。勉強になったな?」

(これが魔法……確かに、魔法なしで冒険者になるのが無謀ってことがよく分かるわね……ん?)


 その異変は、私が改めてクライスの方へと目を向けた時に気付いた。ゆっくりと立ち上がり彼を見た私は、彼の体に光って流れるものを見留める。否、彼の体という言い方には語弊があった……驚きながら周囲を見回した私は、レイズ達やクライスの仲間たちにも、そして思わず手のひらを見つめた私自身にも、同様の特徴を確認していた。


「……まさか!」


 早鐘を鳴らす心臓、押し出されるように全身を駆け巡るその正体に、私は直感で気付いていた。私はニヤリと笑いながら、クライスに再び啖呵を切る。


「初級魔法……道理で、あまり痛くないわけね。それでおしまいかしら?Dランクさん。」

「は?」

「聞こえなかったかしら。貴方の初級魔法じゃ弱すぎて勉強にもならないって言ってるの。もっと強い魔法でかかってきなさいな……そっちの子をリンチした時のようにね。」

「……いいだろう。望み通り、この俺……"赫々のクライス"の最大火力をお見舞いしてくれるッ!!!」


 クライスはそう叫ぶと同時に自身の胸の前に魔力を集め、火球を作り出す。私は魔力の流れと火球への変換経路を見つめながらほくそ笑む。


(なるほど、そうすれば魔法が使えるのね。だったらもっと変換を効率よくして……)

「女ァ!よぉく見やがれ、これが俺の最大火力……羽々長けッ『天火燦蚕(ザ・サン)』!!」


 クライスはそう言うと、蝶のように変形させた火球を私めがけて投げようとする……しかし


「へ……な、なにそれ……」


 改めて私の方を向いた瞬間に、クライスはそんな情けない声をあげる。


「何って、あんたの使った……ザ・サンだっけ?それだけど。」

天火燦蚕(ザ・サン)だと!?ち、違う!!そ、そんなデタラメな魔法があってたまるか!!!」

「……あんたが使ったのと同じように使ったから、そんなこと言われても困るんだけどな。」


 嘘は言っていない。彼が起動した魔法とほぼ同じプロセスで私は炎の蝶を作り出した……彼とは違う青色の、彼のものより大きな蝶を、三体ほど。


「う、うわぁぁぁぁぁぁ!!!」


 錯乱したクライスが炎の蝶を投げつける。クライスの蝶は私の蝶にヒットすると同時に、まるで食われたかのように散っていった。私はニコニコと張り付けた笑顔でクライスへと少しずつ歩み寄っていく。私が彼の魔法で吹き飛ばされる前にいた付近まで戻ってきた頃合い、女の声が室内で響いた。


「そこまでにしなさい。」


 私は声の方へと目を向けると、オレンジの長い髪が印象的な女性が受付嬢の隣に立っていた。受付嬢は彼女の服の裾をつかみながら震えている。循環する魔力量から常人ではないな……そう訝しんで彼女に視線を送る私の左側から、レイズの声が飛び込んでくる。


「ギ、ギルマス!?」

「ち……覚えてろよ!!!」

「あっ、お前……!」


 その声に虚をつかれた隙に、腰を抜かしていたクライスが立ち上がりギルドから逃げだした。私はそれを追うべく走り出そうとしたが、背後から肩を掴まれ断念する。


「その蝶……しまってくれないかしら。」

(い、いつの間に……)


 5メートル程の距離を一瞬で移動し背後から現れたギルドマスターに驚きながら、私は魔法を解除し蝶を消した。ギルドマスターは微笑みながら倒れた机と椅子を直し、そこに座って私やレイズ達に告げる。


「ほら、座って……何があったか説明してちょうだい。」

「え……お説教ですか?」

「それ以外になにかあるかしら?」

「ひぃぃ……」


 レイズは顔を青くしながら、渋々椅子に腰を下ろした。私は全員が着席したのを確認してから、ギルドマスターの正面に座った。

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