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ある未来の日常

作者: 赤羽学

 目を覚ます。直前に見ていた夢はなんであっただろうか。まるで思い出せないが、それは余程眠りが深かったということなのか。確かに昨日までの一週間、毎晩ほぼ寝ずに遊び続けた来たのだから無理も無い。朝から酒を飲んで車に乗り、海に着いたかと思えばその場で仲良くなった奴らとバーベキュー。なんとなくでナンパした女の子達と意気投合してそのまま乱交三昧。次の日は次の日で歩いて美術館や博物館や映画館を梯子して、その足で酒場に行って吐くまで飲んだ。こんな感じの行き当たりばったりな一週間。だが遂に警告が来て、残り二週間は節制した生活を送らなければいけない。つまらないなぁ。

 枕元に転がっていたリモコンを操作してから身体を起こすと、目の前には雄大な景色と有名な美男美女。まるで自分も同じ場所にいるかのように体感できるが、所詮は低級品。匂いも無いし風も無い。ただ画が映り音が聞こえるのみ。高級品も手に入らないわけじゃないが、今あるものが壊れてからじゃないとわざわざ交換しようなんて思わない。めんどくさいし。


 ふと、右腕に付いたデバイスから電子音が聞こえた。この間仲良くなった女の子からだ。


「ハロー?」

「はぁい? 聞こえてるよ?」


 女の子の声に応えると良かったと微笑みながら一言。何の要件だろうか。生憎今は遊べないんだけどな。


「今夜空いてる?」

「警告が来ちゃった。しばらくはダメ。大人しく野菜や玄米だけ口にして滝にでも打たれてるよ」

「そう、残念……なんてね。健全な遊びなら大丈夫でしょ?」

「何するの?」

「あなた歴史は好き?」

「興味はあるよ」

「それなら今晩、国立博物館行きましょう? いいでしょ?」

「いいけど……待ち合わせは?」

「十九時にイルムシャー公園の前にあるジェミニ」

「あぁ、あの喫茶店か。オーケー。おめかししていくよ」

「楽しみにしているわ」


 デバイスが静かになる。待ち合わせまで暫く暇だな……。ゲームでもしていようか。










 数時間後、ジェミニの窓際の席で彼女を待つ。ここのコーヒーはおいしい。豆が違うのかな? よくわかんないけど。と、彼女が来たらしい。入口に見えた影に手を振る。すぐに気が付いた彼女はこっちへ来て対面の椅子に座った。


「お待たせ。長かった?」

「このコーヒーの湯気が全てを物語っているよ」

「二杯目かもしれないじゃない」

「残念五杯目」

「嘘!?」

「冗談だよ心配しないで、一杯目、どころか一口目だよ」

「良かった。上着の色迷っていたの」

「迷った甲斐あってとっても似合っているよ。素敵だ」

「ありがとう」


 彼女は僕との会話を一旦中断してミルクティーを頼む。僕が二口目を飲む頃にミルクティーは届けられ、そこから

少しの談笑を始めた。

 博物館へ向かったのはそれから一時間後だった。


「すっかり話し込んじゃったね」

「ええ。あなたと話してるの面白いから」

「光栄ですプリンセス」

「苦しゅうない」


 軽口を叩き合って僕らは笑う。そうこうしているうちに博物館に着いた。ここの博物館はこの国最大。あらゆる資料が揃い、約二千年前くらいまでなら疑似体験もできる。デートに来るには無難だ。つまり彼女もその気があるってことなんだろうな。展示されてる資料を見ながら僕たちは会話を楽しむ。


「でも、信じられないわ」

「何が?」

「昔のことよ。火を点けるのに木を擦り合わせてたなんて」

「たしかに。今じゃボタン一つだからね」

「ええ。ホント、科学と文化の発展って、奇跡の連続だわ」

「百年単位で人類は進化し続けてきたからね」

「……百年前って何が無かったのかしら」

「とりあえずコレじゃない? おじいちゃんは使い方わからなくってさ、『時計じゃないのかこれは』って」

「あぁ、そうね。昔は腕に何かを巻くって言ったら時計か血圧計だけだったみたいだし」

「だから昔は国からの警告とかも一々別の端末に来てたんだって。なんか通話とネットができて、カメラが付いていて……あとなんだっけ」

「知ってるわ。ケータイって言うのよそれ。不便ね、それしかできないなんて」

「それしかなかったんだからしょうがないよ」

「信じられないわ。こんなに便利なものなしで生活していたなんて」

「それを言えば大昔の人は仕事をイヤイヤしていたみたいだよ」

「そう! この間知ったのそれ! ホント信じられない! 仕事って、楽しいから、やりがいがあるからするものなのに……」

「当時はまだこんな風にAI搭載ロボがいなかったからね。誰でもできる仕事でも誰かがやらなきゃいけなかった。それに『オカネカセギ』の必要もあったようだし」

「『オカネカセギ』? なにそれ」

「昔の人は『オカネ』って物を持ってないと何もできなかったんだって。その『オカネ』と引き換えに健康を維持したり娯楽品を手に入れたり、食べ物食べたり」

「嘘!? じゃあ一々国に申請しなくて良かったの!?」

「らしいよ。『オカネ』がなきゃ生きていけない世界だったみたいだし」

「酷い世界ね。誰かが分けてあげればよかったのに」

「昔の人は今よりも豊かじゃなかったのさ。心も知識も、なにより環境も。でも今じゃAIロボが色々やってくれてるから僕たち人間はこうして遊んで暮らしていられる。知りたいと思ったことを知る、学ぶ時間がある」

「そうね。その点じゃ、昔の人に感謝しなくちゃ」


 この後も色々見ながら色々な話をした。昔は『バーチャルシアター』なんて無くて『テレビ』と呼ばれる四角い箱で映像と音だけを楽しんでいたこととか、今でこそアニメや漫画や小説は『ブレーンライター』を使って簡単にアウトプットできるが昔は一々手作業だったこと、映画に舞台にドラマなどで活躍する俳優さんたちも名誉や名声の為でなくお金のための仕事でしかなかったこと。更には今となっては常識でもある健康管理システムが昔はなかったから、一々生活について誰からも怒られたりしなかったんだけど、その代わり体型がとても醜い人が多かったことなど。遥かな昔に想いを馳せた。


「そろそろ行く?」

「そうね、出ましょう」


 僕たち二人は博物館を後にする。いつの間にか時間は深夜を回ろうとしていた。


「このあとは?」

「わたしは暇よ?」

「そう。でも僕はそろそろ帰らないと」

「どうして?」

「警告。早寝早起きして身体を労わらないと」

「その警告は何回目?」

「一回目だけど」

「じゃあまだ大丈夫じゃない」

「危険だ。逮捕されたくない」

「逮捕といえば知ってた? 昔はデバイスによる感情抑止も無くてすぐに暴力や迷惑行為をする人が多くて、主にそういう人が逮捕されてたって話」

「初耳だよ。でも今は関係ないだろう?」

「ちょっと位大丈夫よ。逮捕されたって昔みたいな目に合うわけじゃない」

「でも丸一日監視されて強制的に運動と厳しい食事制限。健康診断の結果が伴うまで永遠にだ」

「昔はその食事は不味いわ入れられる部屋は狭いわで地獄だったみたいよ」

「でも逮捕されたら面倒なのは変わらないよ」

「でもでもうるさいわねぇ。ちょっと位いいじゃない。三回警告が鳴るまでは付き合ってよ」

「う~ん……」

「あなた私とセックスしたくないの?」

「そりゃしたいよ。でも今から夜更かししたら……」

「あら、その心配はいらないわよ」

「どうして?」


「夜更かし出来るほど、あなたは長く持たないからよ」


 彼女は悪戯っぽく笑うと僕のズボンに手をかけた。


「本気?」

「もちろん。今日はあなた昔のことについて色々教えてくれたもの。お礼に私も本当の快楽ってものを教えてあげる」

「そうか……。じゃあもう一つ良い事教えてあげる」

「なに?」



「2000年代初頭位まではセックスするために態々人目を憚ったそうだよ。特に女性は人前で堂々とそういうことしてると恥ずかしいとされてたんだって」

「過去の話よ」



 そう言って彼女は僕を迎え入れる為の準備を始めた。

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