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 もともとサッカーのことしか頭になく、学校の勉強などはなからやる気がなかった。サッカー部を辞めてからは、さらに、教師の垂れ流す授業が、何か奇怪な呪文のようにしか聞こえず、純は、机に座ってじっとしていられないほど、堪らない感情に襲われた。

 昼休みまですら我慢できず、二時限目の終わった休み時間、純は逃げるように学校から飛び出した。

 こんなことは初めてだった。純自身がそんな自分に驚いていた。純はずっと学校という秩序には従順な人間だった。今まで教師に反抗したことすらがなかった。

 学校を飛び出した純は、あてもなく最寄りの駅の駅前をうろついた。しかし、虚しさは、濃い霧のように純の周囲を厚く覆ったまま、おんぶお化けのように、じとーっと純の背後に漂い、おぶさり続けていた。

「・・・」

 純は、何をやっても埋められない何かを、心の奥底に感じていた。

 

「・・・」

 他の一年の部員と一緒に、グラウンドの周囲の草で覆われた少し盛り上がった丘のような場所で日明は試合を見つめていた。

 日曜日、久々の他校との練習試合。もちろん、日明が試合に出ることはなかった。日々の練習も相変わらず一人で走らされるか球拾い、ボールを使った練習はおろかピッチに入ることすらほとんど許されなかった。 

 練習前や後には、部の雑用をやったりと、ほぼ、マネージャーの見習いといったポジションも変わらずだった。

「・・・」

 日明は一人、他の一年のメンバーとは少し離れたところで試合を見ていた。他の一年の部員は、いきなり自分たちのクラスに下りてきた日明と、どう接していいのか分からず、日明のクラスメイトたちと同様に、遠巻きに距離をとり、いつも困惑気味に見つめていた。

 試合は、東岡第三が押していた。受験のある三年生は、部活には自主参加という形になっていて、進学組はほぼ練習には出なくなっていた。レギュラーメンバーの主軸は三年から二年へと、世代交代が進んでいた。

「・・・」

 日明はそんな試合を無感動に見つめていた。日明は、自分がそこにいないことに、強烈な違和感を感じていた。ちょっと前まであの場所で自分は絶対的な主力として自由奔放にプレーしていた。何の疑いもなくそこには自分がいた。それは揺るぎないな絶対的なことだった。

 しかし、今、日明は、それをこの昔の自分からしたら辺境と言っていいこの場所で一人見つめている。

「・・・」

 なんだか、すべてが信じられなかった。今自分がここで試合をただ見ていること、隆史が死んだこと、全国へあと一歩いうところですべてを失ったこと、すべてが信じられなかった。実際にそれは起こり、それが現実だと十二分に分かっていた。しかし、やはり、日明の中でその事実がどうしても信じられなかった。

「うおぉ~」

 ピッチでは東岡第三のゴールが決まり歓声が上がっていた。選手たちが抱き合い、喜び合っている。

「・・・」

 そんなピッチの光景を日明は、空虚な眼差しで見つめ続けた。

 ふとこの時、隆史がいないという現実を日明は思い出した。そして、本当にもう、隆史がこの世にいないという実感が全身を支配する。もう会えない。あいつにもう二度と会えない。日々の雑務の中で忘れていた堪らない喪失感と寂しさが日明の中に込み上げて来た。 

「・・・」 

 ボールを蹴りたかった。思いっきりボールをあのピッチで蹴りたかった。何もかも忘れてボールを蹴りまくりたかった。

 サッカーがしたかった。堪らなくサッカーをしたかった。ボールを蹴れないことがこれほど辛いことだと、日明はこの時初めて知った。あの事故以来、様々な辛いことが日々襲い掛かっている。だが、そんなことはどうでもよかった。とにかくボールを蹴りたかった。思いっきりボールを蹴りたかった。

 いじめなんてどうでもよかった。日明はとにかく今試合に出て、ボールが蹴りたかった。ピッチ内で、試合で、思いっきりボールを蹴りたかった。ただそれだけだった。

 試合は後半戦に入っていた。

「・・・」

 あそこに自分がいたことが、隆史と一緒に、サッカーをしていたことが、ふと幻だったような気がした。まるで、遠い遠い昔の夢の中の出来事のように感じられた。

 目の前のピッチの光景が蜃気楼のように霞んでいく。日明はそんなピッチの光景を見つめ続ける。

 そんな日明に、冬の冷たい風が吹き抜けていった。

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