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試練

 通学路がサッカーグラウンドのすぐ隣りを通るため、嫌でもサッカー部の練習風景が目に入る。

「・・・」

 今日もいつものように、何人かがサッカーグラウンドで自主的な朝練をしていた。ついこの間までそこにいた自分が、その光景をサッカー部を辞めた人間として見つめていることに、純は奇妙な感覚を覚える。

 そこに、サッカーボールが転がって来た。純はそれを拾い上げる。そのボールを取りに部員の一人がやって来た。 

 先輩の百瀬だった。純は頭を下げ、ボールを投げ渡す。百瀬はしかし、ニヤニヤとそんな純の心を見透かしたようにいやらしい笑いをそのデカい顔一杯に発散するように浮かべた。そして、ありがとうの一言も言わず、純を挑発するように見つめていた。

「・・・」

 純は、そのままグラウンド脇の道を通り過ぎ、校舎へと歩いて行った。その脳裏に百瀬のあのいやらしいにやついた顔がこびりついていた。

 だが、怒りも湧かなかった。怒りすら湧かなかった。なんだか、すべてが虚しく悲しかった。感情が痺れたみたいに、とにかくすべてが虚しかった。


 サッカー部に復帰しても、日明がみんなと同じように練習に参加することはなかった。復帰してからの日明は、楢井の指示で、ほとんど、雑用係とマネージャーの仕事を兼務したような、小間使いのようなことをさせられていた。

 サッカー部のエースだった人間からすれば、屈辱的な扱いだった。だが、日明は、練習用のボールを用意したり、グラウンドのラインを引いたり、ビブスやコーンを用意したりと、今まで一切やらずに他の一年に任せきりだった雑用仕事を、毎日誰よりも早くグラウンドに来て、こなした。

 今は、その方がありがたかった。隆史を殺してしまったという自責の念が日明を日々苛み、それは日に日に大きくなっていた。だから、自分を追い込んでくれた方が、自分をいじめてくれた方が、その方がよっぽど今の日明にとっては楽だった。忙しく、立ち回っていた方がむしろありがたく、楽だった。

 先輩たちは示し合わせたように誰も口を利いてはくれなかった。そうかんたんに先輩たちが日明を許すはずもなく、不穏な空気を醸しながら、遠巻きに日明の様子を冷たい眼差しで伺っていた。

 そんな中、日明は別人のように平身低頭必死に先輩たちの飲む水の用意や、ビブスの準備など雑用をこなしていく。

「おいっ、土が入ってるぞ」

 三年の中川が、そう言って、日明が汲んできたボトルの水を日明の目の前で逆さまにして地面に捨てた。その背後にいる他の先輩たちがにやにやと笑う。

「・・・」

 日明は、黙ってそれを見ていた。

「すみません。すぐ汲み直してきます」

 そして、日明は素直にそう言って、中川からボトルを受け取ると、すぐにまた蛇口に向かった。

「走れよ」

 その背中にも中川が、容赦ない言葉を飛ばす。

「返事は」

「はい」

 屈辱的な対応に、しかし、日明はそれでも、怒ることなく素直に返事をし水飲み場に走る。

 その背後で先輩たちが笑う声が聞こえた。

「・・・」 

 その声を聞きながら、しかし、日明はただ黙々と与えられた仕事をこなした。

「ちょっと、何やってんのよ」

 美希が日明を睨む。

「それは、そこじゃない。こっち」

 今度は、これから練習で使うビブスを用意しようとしている日明に美希が怒る。美希は、日明の抱えるビブスの束を見ていた。日明がビブスを持って行く場所を間違えているらしい。

「いい加減覚えてよね」

「・・・」

 あの日、味方してくれた美希だったが、あれ以来、日明とはまともに口も利いてくれないし、それどころか厳しい態度で日明に接していた。

「あ、ああ」

 以前の日明だったら、何の躊躇もなく怒りを爆発させているところだが、やはり、今回も素直に言うことを聞いて、本来持って行く場所へとビブスを持って行った。

 練習が終わり、日明が練習で使ったボール拾いをしていると、背後から突然、日明めがけてボールが飛んで来た。ものすごい勢いで、日明の顔や体のすぐ近くをかすめていく。明らかに日明を狙っている弾道だった。居残りで練習している部員が練習で蹴っているそれではない。

「うっ」

 そして、そのうちの一つが、日明の太ももにヒットした。

「おっ、やった」

 それと同時に、日明の背後で一人の歓喜の声と、それを取り巻く部員たちの笑い声が起こった。

「今当たったの俺のじゃねぇのか」

「いやいや、今の俺の蹴った球だから」

「頭狙えよ。頭」

 そして、楽しそうなそんな声が次々聞こえて来る。先輩たちの声だった。先輩たちは妙に盛り上がっている。

「・・・」 

 日明は、振り返ることもせず、黙って球拾いを続けた。

 普通に露骨ないじめが始まっていた。そういう空気が、色濃く漂い始めていた。日明は標的としてロックオンされ、部内は、そういうモードに入っていた。


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