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胸の痛み

 今日も昼前に起きてきた純は、食堂のテーブルの上に置いてあった市民新聞にふと目が行く。そこに何か見慣れた文字が見え、ドキッとする。

「・・・」

 純は、その市民新聞を手に取る。そして、その中のその小さな記事に目を向ける。

「秋の高校サッカー選手権大会」

 その記事のその文字を読んだ瞬間、純は、一瞬胸を槍が刺し貫いたような強烈な衝撃を感じた。

「・・・」

 純はしばらく、その記事に書いてある文字を茫然と読み返していた。市民新聞のその記事には、今年も秋の高校サッカー選手権大会の県予選が始まるということが短くまとめて書かれていた。なんてことない小さなよくある記事だった。

 しばらくしてふと我に返ると、純はすぐに新聞を閉じた。そのあまりに、激しい閉じ方に何ごとかとそのテーブルの向かいに座っていた母が何ごとかと純を見た。

「・・・」

 純はしばらくその場で動けないでいた。強い動悸が胸を打っていた。

 気づけば、もう今年も全国高校サッカー選手権の県予選が始まる季節になっていた。

 サッカーを辞めても、やはり、まだ純にとって全国高校サッカー選手権は特別な存在だった。いや、辞めたからこそより、強くその存在を意識していた。

 それはかつての最大の目標であり、最高の到達点だった。

 だが、今は、その名前を見るのも辛かった。


 ついに秋の全国高校サッカー選手権大会の県予選が始まった。

 あれからもう一年も経ったことに、日明は、信じられないような思いでいた。

「あれからもう一年か・・」

 自然と、隆史の顔が浮かんだ。日明の胸の芯がきゅっと縮まる。日明の頭の中に浮かぶ隆史の姿は、今も変わらず生きていたあの時のままだった。

「隆史・・」

 あいつが生きていたら・・。日明はそれを考えると堪らなく胸を締めつけられるのだった。苦しかった。そのことを考えると、今でも一年前と変わらず堪らない苦しみがあった。自分が大切な親友を殺してしまった。そう考えると、気が狂いそうに苦しかった。

 それでも日明が今何とか生きていられるのは、サッカーがあったからだった。サッカーに没頭し、体を追い込めるだけ極限まで追い込み、自分を痛めつけていたからこそ、日明はここまで生きることができていた。もしサッカーがなかったら、自分がどうなっていたか・・。

「おばさん・・」

 この日明にサッカーをやるチャンス、いや、生きるチャンスを与えてくれた隆史の母にあらためて日明は感謝した。サッカーがなかったら、今頃どうなっていただろう。日明は考える。

 隆史のおばさんには感謝しかなかった。どう償っても償いきれない罪を犯し、それを許してくれた。生きるチャンスを与えてくれた。

 試合に出たかった。そのためにも試合に出て、隆史との二人の夢を実現させたかった。

 しかし、以前の練習試合であれだけのパフォーマンスを見せた日明を、楢井は県予選が始まっても、インターハイ同様一切使わなかった。それどころかベンチにすら入れなかった。

 楢井のプライドがそうさせたのか、高津に対する期待が日明を上回ったのか、事故の大きさを考え、まだ許すべきではないと判断したのか、初戦はまだ相手が弱いとみての判断なのか、それは誰にも分からなかった。

 日明は、文句は言えなかった。試合に出してくれとも言えなった。部に残してくれただけでもありがたい立場だった。それにまだ事故から、一年しか経っていない。日明を試合に出さない判断は、妥当といえば妥当だった。

 しかし、そんな楢井の判断に誰しもが驚く。部員みんなが当然日明を使うものと思っていた。レギュラーとして扱うものと思っていた。日明を嫌い、いじめていた先輩たちですらが、そう思っていた。それほどに日明のプレーは他を圧倒してすごかった。どんな問題を起こそうと、あれだけの才能を使わないことはサッカーをやる者、サッカーを知る者にとって信じられないことだった。

 だが、すべての決定権は楢井にある。日明は、ベンチに入ることすらできなくて、外側からただ他の部員たちと一緒に試合を見守るしかなかった。

 全身を震わせるほどの悔しさが、全国高校サッカー選手権初戦の試合を見つめる日明を襲う。日明の全身にはやる気と自信が満ち満ちていた。誰よりもやれる自信があった。そして、それを発揮する場が目の前にある。だが、日明はそこに入ることすらが許されなかった。日明の顔は悔しさで歪んでいた。

 そんな日明の堪らない悔しさで歪んだ顔は、日明の隣りで試合を見ていた他の部員たちが、そのあまりの凄まじさに、試合でなく日明の顔を盗み見るほどだった。

「自分が悪いんだ」

 自業自得。日明は自分にそう言い聞かせるが、溢れる悔しさはどうしようもなかった。

「自分が悪いんだ。自分が悪いんだ」

 実際その通りだった。実際にその通りなだけにより悔しかった。

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