夢と現実
純は、最近眠ると、決まってサッカー部時代の夢を見た。その中での純は以前のようにサッカーをし、友だちと笑い、夢を追いかけ、そして、部活も続けていた。すべてが順調で輝いていた。
夢の中で、純は安心する。自分はサッカーを続けている。部活を辞めていない。やっぱり、自分はこっちが正解なのだ。こっちが本当の自分。サッカーを辞めた自分、すべてを失った自分、あれは偽物。あれは間違いだったんだ。純は、そう思いサッカーボールを思いっきり蹴る。楽しかった。そこにはあの青春に輝いていた自分がいた――。
「・・・」
しかし、やはり、それは夢だった。目が覚め、純が目を開けると、そこには、あの現実があった。サッカー部を辞めた、サッカーという夢を失った、現実の自分がいた。
「・・・」
純は、ベッドに上半身を起こす。純は、胸いっぱいに広がる堪らない寂しさと絶望感に包まれる。残酷な現実がそこにはあった。絶対に逃れられない、変えることのできない、リセットできない、容赦ない現実が今目の前にあった。今、サッカーも辞め、部にも戻れず、高校も辞め、友だちも夢もすべてを失ったそんな惨めな、家に引きこもった、そんな現実の自分がそこにぽつんと一人いる。 堪らない絶望感が純を襲う。耐えがたい苦しみが、純を苛む。
純は一人ベッドの上で力なくうなだれた。こんな苦しみを毎日何の希望もなく繰り返すのだった。
「日明」
楢井が日明を呼んだ。楢井が何を思ったか、突然日明を練習試合に使った。周囲も驚く。まったく試合に使われなくなってから、半年以上が経とうとしていた。二軍の紅白戦ではあるが、日明は、あの事故以来、初めて試合に出ることになった。
ボールに触れる。ピッチでボールに触れる。そのことに日明は痺れるような喜びに興奮した。そんなことに興奮している自分に驚きつつ、日明はスパイクを履き、ピッチに入る。以前はこんなただ試合に出るなんてことに興奮するなどあり得ないことだった。
そして、試合が始まる。
圧巻だった。さらなる進化をした日明がそこにいた。その場にいた全員度肝を抜かれていた。ボールボーイをさせられていた一年生は初めて見る日明のプレーに全員、ポカンと口を開けている。
「すげぇ」
誰の口ともつかず、そこかしこからそんな言葉が漏れた。
この世のものとは思えない、人間のものとは思えない、その動き。まだJリーグも出来ていないサッカー情報の少ない時代。ネットもない、海外のサッカーなど、深夜のダイヤモンドサッカーという番組で週に一回前半と後半に別けて放送するようなそんな時代。そんなプレーを見ること自体がほぼない環境だった。一軍の部員も、先輩たちも、楢井も、そのプレーに圧倒されているのが、言葉こそなかったが、その表情と空気感で分かった。
しかし、当の日明は、ただサッカーをできる喜びの中にいた。ただ楽しかった。ボールを蹴ること、触ること、ピッチを走ること、ただそれだけが楽しかった。
久々にピッチでボールを触ることの喜びに歓喜する日明のその才能は、とどまることを知らず、どこまでも爆発する。
もともと高校生離れした技術を持っていた日明だった。そこに日々のストイックな鍛錬と、修行に近い努力。そのうえ、ずっと社会人相手にサッカーをしていた日明に二軍の高校生は、子ども同然だった。
日明はハーフウェーラインから、一人でゴール前まで行ってしまう。それを誰もとめられなかった。ボールすら触れない。独特のリズムと緩急、ボールさばき、レベルというか次元が違っていた。二軍の部員たちでは、まったく成す術もなくどうしようもなかった。
日明は、ペナルティエリアの中からも外からも、右からも左からもドッカンドッカン、ゴールを決めた。まるでそれが誰でもできるかんたんなことででもあるかのようにゴールを決めた。
誰もとめられなかった。ボールを取りに行けばかわされ、ペナルティーエリア内に侵入されてしまうし、取りに行かず引いて距離をとれば、外から正確無比なゴール上隅へのシュートを打たれてしまう。相手選手たちには、どうすることもできなかった。
相手チームの選手たちは、今まで経験したことのない状況に、半ばパニクり、混乱し、そして、呆然と立ち尽くした。何もできなかった。レベルが違い過ぎて何もできなかった。何もできることがなかった。そのことに選手たちは愕然とする。
日明のそのサッカーセンスは、普通に成長期の身体的な成長も相まって、さらに凄みを増していた。
「・・・」
楢井は、何を考えているのか、黙って腕を組み、ピッチ脇からそんな日明のプレー姿を見つめていた。
季節は秋へと移ろい始め、県大会の始まる季節へと入ろうとしていた。




